月明りが部屋に差し込む。

ランプの油を足して、リナリーはついさっきメイドさんが持ってきてくれた紅茶を入れた。

リナリーが部屋からお願いして持ってきてもらったものだ。

「はい」

差し出されたティーカップを両手で受け取って、は口をつけた。
リナリーも手にカップを持ち、の隣に座る。


暖かい

まだ目頭は熱く、痛かった。



I want it that way
#8 反転




「で?ラビと別れたって?」
二人が無言で紅茶を八割ほど飲んだところで、唐突にリナリーは切り出した。
の肩がびくっと震える。

そして、こくんと頷く。


「どうして?ラビのこと、好きなんでしょう?」


どうして。

それは当たり前の言葉。



少しもどかしいところもあったが、あんなに互いを思いやっていた、二人が、どうして。


それに、リナリーはいらだっていた。

どうして自分はの変化に気がつけなかったのだろう
気が付いていれば、任務になど行かせはしなかったのに・・・

「私が、駄目になったの」
「駄目・・?」

リナリーが怪訝に聞き返す。



「ラビはね、今でも好き。大好き。でも・・だから、駄目だった」
子供のようにポツリポツリと話す

その姿はまるで、一人残された子猫のように、頼りなげで、寂しげで。


「信じられないの・・ラビが本当に私のこと好きか・・って」
「え?」
思わずリナリーは素っ頓狂な声を上げた。



ありえない。
あんなに何かに執着したラビをはじめて見た。
それに、大事な宝物のようにラビがを思っているのは誰の目にも明らかだ。

あまりのことにあっけにとられていると、が自分の手のティーカップを見つめて少しずつ、ゆっくりと話し始めた。




ラビか帰ってきたことを、他の人から聞かされたこと。

ラビがなんとなく、ある一線から近づいてくれないように感じるということ。

ラビが何故告白の返事をしてくれたのか、わからなくなった・・・信じられなくなったということ。



そして
「忘れようとしたの。任務で、ラビと離れられたから、丁度いいかなと思って。でも・・・でも、無理だった。どこを見ても、ラビが浮かんでくる」

が窓に目をやった。
珍しく、赤い月。


(あれを見ていたのね・・・)

確かに、ラビの髪に似ているかもしれない。



は?」
知らん?」
いつ帰ってくる?」


しつこいぐらいに『』を連発するラビ。


これだけ心配(溺愛)しているのだから、を見つけたとたん、ラビの性格からして抱きつくぐらいのことをしてもおかしくない。

だが、彼はそれをしないのだ。

リナリーがいぶかしんで聞いたことがある。
するとラビは困ったような、嬉しいような微妙な表情でこう言った。

に嫌われたくないんさ」



で、ラビといる時は始終ニコニコしている。
それを頬が緩んでいると本人は思っているのか、こっそり頬を上にぐいぐい押し上げているのを見ては笑いをかみ殺したものだ。






ラビはが好きだからこそ、大事にしたいからこそ、一線を引いている。

でもからすると、ラビは自分を本当に好きなのか、と言う不満につながったのだ。





「ねぇ、?」
「・・ん」
は信じられなくなったんじゃなくて、怖くなったんじゃない?」
「・・え・・・?」
「それは信じられなくなったんじゃなくて、怖くなったって言うの」
断言するリナリーに、は目を見開いた。


リナリーは空いたほうの手で、人差指を立てた。
はね、きっとラビが好きで好きで怖くなったんじゃないのかな?
自分の気持ちは相手より大きすぎるんじゃないか。
それが相手の重荷にならないか。
ラビがを大事にしすぎて愛情表現をしてくれないから、余計に・・・ね」



多分この二人は同じことを思って同じことで悩んでいる。


そして、同じぐらい想いは強い。


「ラビが、私を・・大事?」
「うん。あとね、は自分で決め付けてる」
「自分で・・?」
「そう。はちゃんとラビに言った?帰ってきたら一番に自分のところに来てほしいって」
は視線をさまよわせてカップを握り締めた。
「・・・だって」


「恋人でも、言わないと分からないよ?」
「・・・・」
「ね?」
リナリーがを覗き込んだ。
その微笑みは、優しさで満ちている。


それの表情に、は心で少し安堵を覚えつつも、頭を横切った光景。
それはラビの顔を始めてゆがませた瞬間。



「・・・でも、私ラビに言っちゃった・・」



さよなら


その後ひどい言葉を吐いて飛び出してきたのだ。


もうラビは、私のことなんかどうでもいいかもしれない・・いや・・それ以前から・・・


パン!


びっくりした。
リナリーがの目の前で手を叩いたのだった。
「そんなの、どうでもいいの。『が』どうしたいか、なの!!」


横暴な言葉。
しかし、そんなことはリナリーが重々承知している。
そして、この言葉が今の彼女に必要なことも。


きっとこの二人は、大丈夫
こんなことなんて、軽々と乗り越えていく


リナリーは心の中でとラビを思い浮かべ、そう確信していた。


は決意をしたように、顔を上げる。
の目には涙があふれていた。
「まだ・・間に合うかな?」



謝りたい


ごめんなさいって



そしてもう一度、好きって


貴方に言うの




「もちろん」
リナリーはを見て微笑んだ。
チンと音を鳴らしてのカップに自身のカップを軽く当てる。


「お祝い。仲直りの決意の」
も笑ってリナリーと同じことをした。


「ありがとう。リナリー!」
はリナリーに抱きつく。
「ちょっちょっと!カップカップ!」
カップにはまだ少し残っているはず。


「あ・・」
が間抜けな声を上げたときには、もうすでに遅かった。


ベッドの白いシーツに茶色いシミがじんわりと円を描いていた。










一気に加速。



けい

05,08,23