あいつの泣いたとこなんて、初めて見た。
どんなにひどい怪我をしても
にへらっと笑ってたあいつが
泣いた。
後でブックマンから聞いたが
アイツはブックマンのえげつない修行でも
泣いたことがなかったらしい。
I want it that way
#7 悪友
コムイが向かっていたのは、病室だった。
いぶかしみながらも、その緊迫した雰囲気にこれは何かある、とついて来てみると、病室に寝ているのはあのラビだった。
へらへらと笑いながら会うたびにファーストネームで呼んでくるやつ。
それでも、普段の調子で廊下などで会っていれば、俺は別に何も思わなかった。
だが、今目の前にいるやつは、病室に寝ていて、鎖のように点滴につながれ、頬は少しこけていた。
コムイの後ろにしたがっていた医療班が進み出て、ラビの手首を取り、脈を書き留めるなどをしだす。
「どういうことだ?」
神田はコムイを振り返った。
「二日前、談話室で倒れているところを見つかってから、何も食べないんだ」
「・・何?」
神田は己の耳を疑った。
この能天気馬鹿が?倒れた?二日間飲まず食わず?
思わず聞き返した。
「何があったんだ?」
「それがね、言わないんだよ。ただ、『大丈夫』って言うだけで。ブックマンでさえも、何も・・。神田君はラビ君の一番の友達だから、神田君なら何か聞きだせるかと・・」
一番の友達、と言うフレーズが引っかかったが、あえてそれは無視することにした。
この馬鹿が、何の理由もなしにそんなふざけた事をするわけがない。
「このままじゃ、点滴じゃ追いつかなくなっちゃうんだ。何か飲み食いしなきゃ・・」
エクソシスト一名が今現在、どんなに貴重か。
「俺が聞く」
神田が静かに告げると、コムイは頷き、何か作業をしていた医療班に目配せをした。
すると医療班はすっと部屋から出て行った。
コムイは
「お願いするよ、神田君。人一人の命がかかってるんだ」
そう言って、自身も扉から出て行った。
こつこつと言う音が遠ざかるのを聞きながら、神田は腰の六幻を下ろした。
そして隅においてあった椅子にどっかりと座ると、ラビの体を乱暴にゆすった。
「おい。こら、起きろ」
病人に対し、なんとも乱暴だ。
が、ラビは起きない。
青白い顔のまぶたはピクリとも動かない。
「おい!こら!起きろっつてんだろが!」
短気な神田は怒鳴った。
すると、まぶたがピクリと動き、ゆっくりと緑の目が見え始めた。
その緑の目が少し宙をさまよってから、俺の顔に留まる。
「・・ユウさ?」
かすれていた。
無理もない。
二日も飲まず食わずでは、口が渇いてしょうがないはずだ。
ユウと言う言葉をこれまた無視して、とりあえずストレートに聞いてみた。
「おい、お前、何で何も食わねぇ?」
「・・・・」
ラビは宙に目を戻した。その唇は、動く気配を見せない。
神田は痺れを切らし怒鳴った。
「おい。てめぇ何考えてやがる?この大事な時期にエクソシスト一人が死んだら、どうなるのか分かってんのか?!」
ラビは小さく口を動かした。
「・・・・もういい」
「・・・あぁ?」
「もう・・いい。イノセンスも・・・千年伯爵も・・・世界も」
「・・っ!てめぇ!」
神田はラビの胸倉をつかんだ。
かちゃかちゃ、と点滴の管が揺れて柱に当たる。
緑の目は、生気を宿してはいなかった。
まったく動かない、人形のように。
そのラビの目がふっとにごり、何かがあふれ出してきた。
涙。
驚きで神田は思わず手を離した。
「?!」
「もう・・いいさ・・全部」
ぼろぼろと泣いている。ラビが。
あの、ラビが。
「何があったんだよ?」
もう一度神田は尋ねた。
「・・・」
「言え」
カチャ。
「おや、神田殿」
振り返ると、入ってきたのはブックマンだった。
神田は座ったまま目礼すると、ブックマンもそれを返した。
「この小僧の見舞いにきてくださったのか?それならこやつに言ってやってはくださらんか?馬鹿な真似はやめろ、と」
「今それを言ってたところです」
「・・首尾は」
神田はため息をついた。
「いいやがりません」
「・・おい、小僧。貴様が今どんな位置にいるのか分かっているのか?」
「・・・」
ラビは答えない。
涙だけが何かを語らんかとするように少しずつ頬を伝う。
「何をそんなにかたくなになっておる?」
「・・・・」
ラビはやはり答えない。
神田は傍らのブックマンを仰いだ。
「こいつ、ほんとに何も言ってないんですか?」
「あぁ、会話はするがな。このような状態になった理由はおろか、談話室で何があったのかさえ、一言も話さんのだ」
ブックマンは息を吐いた。
神田は念を押す。
「本当に、何も?」
ブックマンはふと、手をあごに当てた。
「・・そういえば、嬢の名を口にしたような・・・」
「?・・・っか?!」
ラビがびくりとした。
当たり。
明らかに『』に反応した。
俺はとこいつが付き合っているのを知っている。
コムイも、リナリーも知っているはずだ。
ただブックマンのみ、弟子と師匠と言う間から隠していたらしいが。
俺は部屋を飛び出した。
出がけにやつの俺を呼び止める声が聞こえた気がするが、無視して走り出す。
まっすぐにコムイの執務室に向かう。
「コムイ!はどこだ!」
「え?ラビ君の理由が分かったの?」
コムイががたんと机を立ち上がり身を乗り出す、が、神田は無視して吼えた。
「とにかく今はだ!」
「・・君は、今任務中だよ」
「何?」
「もし居たら、真っ先にラビ君の理由を聞きだしてもらうよ。ま、君ならいわなくても訊いてくれるだろうけど・・」
「連絡は?任務先の電話は?!」
「ど、どうしたの神田君?君がラビ君の理由と・・・・」
コムイははっとした。
気が付いたらしい。
が、すぐにへなへなと椅子に座り込んでしまった。
「どうした?早くに電」
「無理だ・・あの村は偏狭の地で・・電話なんて・・」
「ファインダーは?!」
「・・運悪く、ついていってない」
まったくもってなんと言う運の悪さだ。
「帰るとき、途中の村で連絡があるはずなんだ・・。それもないってことは、後二日は戻らない・・」
「・・・俺がいく」
「え?」
「今から出る」
神田は団服を翻した。
「え?ちょっ」
戸惑うコムイを振り返り、ギッとにらむ。
「・・・一人の命がかかってんだ!」
「・・・分かった。」
もう猶予はない。
ラビの体はもう危ないのだ。
女の足で帰ってくるより、男の神田がこちらから出て行ってせかした方が、すれ違う可能性もあるが、得策と判断したらしい。
頷くとコムイは床に散らばった書類をがさがさとめくり、一枚を取り出した。
「この村だよ」
神田は黙って書類をひったくると、コムイの部屋を出た。
「神よ・・」
コムイは一人の執務室で、高い天窓から空を仰いだ。
その空には赤い月がかかげてあった。
        
けい
05,08,17 |