一息に説明を終えた神田は軽く息を吐いた。
リナリーは泣きそうな表情での肩を抱く。
は体の震えを押さえるかのように、膝の上の服を握り締めた。
早く、早く彼の元へ
気持ちだけ急いでも仕方がない。
しかし、どうしても心だけが先走りをするのをは抑えられなかった。
I want it that way
#11 千里
馬車が止まるのも待たず、は転げるように馬車から飛び降りた。
体のバランスも整わないまま、走り出す。
港からさらに馬車を乗り継いだ。
ここからリナリーのイノセンスを使う手はずのはずなのに、止まる間さえ、惜しいというかのように。
あわててリナリーがそれに続き、神田は二人分の荷物を持って後を追う。
いつもなら神田は文句の一つでも言うものだが、そんな状況ではないと十分分かっていた。
前方を見ると、足の速いリナリーがに並んで走りながら何かを言っている。
が叫ぶように答えるのと同時に、リナリーは自身のイノセンスを解放した。
馬車より、リナリーのイノセンスで行った方がはるかに早い。
が、イノセンスをずっと維持し続けるのは体力がいる。
ので、馬車が止まったのは、リナリーが黒の教団まで最速スピードを保てるぎりぎりの距離。
ヴンと音がしてリナリーとが手をつないだかと思うと、二人は豪風と共に掻き消えた。
しばらく神田は走っていた。が、途中で何かを思いだし、馬車まで引き返す。
馬と共にヒーヒー言っていた御者に荷物を押し付け、馬の一頭にまたがると馬腹を蹴った。
馬の汗で体が滑りそうになるのをこらえ、神田は馬の手綱を手繰り寄せると、馬の気も知らずそれを打った。
コムイは電話をチンと置くと机に両手を付いて眉間を押さえた。
「嬢と連絡は取れたか?」
驚いて振り向くと、ブックマンがいつもの無表情で音もなく立っていた。
「つい今しがた連絡が取れました。早ければ今夜にでも」
「そうか」
頷くと、ブックマンはもうそれ以上用はないといった様子でドアへ歩を進めた。
「・・ラビ君は?」
「寝とる。起きているだけの体力がもう尽きかけておるようじゃな」
「鍼で何とかならないですか?」
コムイの言葉に、ブックマンはフイと顔をそむけると、天窓を見上げる。
空が青い。
明るい青なのに、どこまでも深い。
そしてするりと視線を滑らせ、扉を見た。
扉に向かって軽く目を細めると、視線をまたコムイに向けた。
空虚な、何も映していないように見える目が、本当はあらゆることを映しているのをコムイは知っている。
「わしに出来るのはその体の力を促すことだけじゃ。本人が生きることを拒否するものをどうやって促せようか」
コムイは黙り込んだ。
ブックマンは続ける。
「普通三日ほどのまず食わずであそこまで衰弱はすまい。その上、ラビはわしが鍛えた故、普通よりは丈夫なはず。それがあそこまで病むと言うことは精神・・心から来る害に蝕まれておる証拠じゃ。その元をどうにかしないことには、わしは動けん」
コムイは息を吐いた。
「・・・そうですか」
もどかしいと、その表情が語っていた。
こんな時、自分は何もできない、と。
「わしとてみすみす後継者を失うようなことはしたくない。嬢の一刻も早い帰途を」
そんなコムイの表情を見取ったのか、ブックマンは祈りであり、希望の言葉を口にして執務室を出て行った。
さんが・・帰ってくる。
男は口の端が自然と上がるのを感じた。
ここは廊下。
男は歩いでいたが、どこへ向かっているかは自身にさえ分かって、いや、考えていなかった。
先ほど、室長の部屋にまとまった書類を届けに言った時、何よりも自分の心を捉えて離さない人物の名前が聞こえ、思わず身を潜めた。
後二日半は会えないであろう人物が、帰ってくる・・・。
聞いていたときは、もう一つ出てきたエクソシストの名・・・ラビさんの名が何故さんの名と並べて出てくるのかと憤りを感じたことも、今はもう男の念頭にはない。
ただただ浮かぶのは、いつでの頭を占める、あの人。
「さん・・」
男は喉でクク、と笑うと、シャワーを浴びるため自室へ向かった。
        
けい
05,10,09
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