「えっと・・番号は・・と」
ポケットから手帳を取り出すと、リナリーはつぶやきながらページをめくる。
そしてある一点で指を止めると、それを片手に電話の受話器をとった。


その綺麗な手が番号を押すのを、一分一秒でも早くと待ち望んでいる場所へ。


もう時間がない






I want it that way
#10 電話




ホテルでいくばくかのお金を払うと、そこの女主人は商売人の笑みをうかべてフロント脇の電話を指した。
は二人分のトランクを持って窓際のテラスに座った。

シスコンのコムイに電話をするのだ。
一時間はリナリーは受話器から離れられないだろう。

そう思いつつ外を見やる。
こじんまりしているが品のよい庭に、色とりどりの花が咲いている。


ぼんやりとそれを見ながら頬杖をついていると、先ほどの女主人が紅茶を持ってきた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
カップを手に取ると、香ってきたのはダージリン。

紅茶は好きだ。

軽くすすって美味しいと告げると、女主人は破顔して話し出した。
「お嬢ちゃん方、どこから来たの?変わった服着てるけど」
ローズクロスを知らないらしかった。あえて告げる必要もない。

「北の方から、親戚の家を訪ねに着たんです」
「そうかい。大変だったねぇ。そういやさっきも同じ様な服見かけたけど、それ、何かの民族衣装かい?」

「同じような服・・?」
「あぁ、そうさ。ほれ、あんたの胸のその印。それと同じような印を服につけた東洋風の青年でね。
町娘が騒いでいたよ」

結構な美青年だったよ、とニコニコと世間話を話す女主人。
だが、その続きをは聞いていなかった。


同じ印・・ローズクロスを持っているということはエクソシストだ。
そして今黒の教団にいるエクソシストで東洋人の青年・・・・

もしや


「あのすみません、マダム、その人ってもしかして、髪を、こう高い位置で」
!」
言いかけたとき、声が飛び込んできた。
驚いて女主人と二人、その方向を見ると、リナリーが受話器を握り締めてうろたえている。

!早く!兄さんが・・ラビが!!」
「ラビ・・?」


(ラビが電話に出てるの?)


は駆け寄って受話器をとった。
しかし耳から聞こえてくるのは聞き知った陽気な室長の声。
かい?!」
少々がっかりしながらも、を心で首をかしげた。
いつもの飄々とした調子がない。


「はい。なんでしょうか?」
コムイがリナリーとの大事なお話をこんなに早く切り上げ、私に代わってくれるように言うなんておかしい。


「あぁ!よかった!連絡が出来て!」


そこまで喜ぶことだろうか?
いぶかしんでいるの耳に、信じられない言葉が飛び込んできた。
「早く戻ってきて!ラビ君が危ない!」















え?









三度ほど頭の中で復唱してもやはり何か浮ついた感のあるその言葉。
「ラビが・・どうして?危ないって・・危ないって何?!」
語尾はほとんど叫び。
そして、受話器の向こうも、切羽詰った叫びを上げている。
「ラビ君が君が発ってから何にも口にしないんだ!とにかく、早く戻ってきて!」
手に握力がこもらず、受話器がするりと抜け降ちた。







私が発ってから・・?









そんなの・・


もう三日も経ってる・・



そんなの




そんなの・・・!


「おい」
突然肩を叩かれて反射的に振り向く。

いたのは神田。
後ろにはリナリーがいるが、は混乱で目の前の青年しか見えなかった。

そしてその青年さえも、どこかおぼろげな夢の中の登場人物のような認識しかできないでいた。

今のの頭の中はラビと恐怖と焦りしかない。

そんなことも知らず神田は早口で切り出した。
「探したぞ!今すぐ教団に」
「ラビが・・ラビが!!!」
神田が目を見開く。
そしての前にぶら下がっている受話器を見てすべてを察した。

とたんにリナリーが何かを思い出したように外に走り出した。

神田は後ろの二人分のトランクを片手で掴むとの手首を乱暴に引いた。

「来い!時間がない!!!」

言って半ばを引きずるようにしてホテルを出た。

馬の蹄の音に、右を見ると馬車がこちらに向かってくる。
御者の隣に座っているのはリナリー。呼びに向かっていたようだった。

「乗れ!」
ふらふらと焦点のさだまらない目のを馬車に押し込むと、

「おい」
御者席のリナリーを呼ぶとリナリーは取り乱したように言った。
「私が御者さんに道を言うから!神田はを!」
「俺にアイツのお守りが出来るわけないだろうが!俺も入るから、お前も中に入れ!」
自慢じゃないが女は苦手。

そんな神田を知ってか、リナリーは頷いて御者席からひらりと降り、馬車に乗り込んだ。
馬車の上にトランクを放り上げると、御者に港の名前を告げる。

御者は了承の証に軽く帽子を上げる。
ベテランらしく、あまりここらでは知られていない遠い港も知っていた。

確認を取って神田も馬車に乗り込む。
座らないうちから、馬車は動き出した。


君?君!」
呆然としている女主人のホテルの電話からは、コムイの叫びが聞こえた。






三人は無言だった。
馬車が揺れるのと一緒に体が揺れる。

はじめに口を開いたのは、一番ショックを受けているであろうだった。

膝の上で手を握り締めていたがふいに顔を上げたのだった。

「ラビは・・?ねぇ、ラビは?!本当なの?ラビが・・!」
意味を成さないその叫び。

神田は言いづらそうに目線をそらしつつも、説明を始めた。

















けい


05,09,10