「・・・よし、やめ!五分間休憩の後、素振りに入る」
鋭く響いた声に、道場内の空気は呪縛が解けたかのようにフッと緩む。
隅のほうにまとめておいたタオルで汗を拭く者、水を飲み干す者、外の空気に当たりにいく者。
その中でただ一人、声を発した人間だけが張り詰めた空気をまとったまま外の水場に向かう。
水場の蛇口をひねると、水は勢いよく噴出す。
顔を雑多に洗うと、タオルで一思いに拭き、ふうと息を吐いて上を見上げた。
剣道部恒例、早朝の朝稽古。
いつもならこの時間帯は生徒会室で仕事をしているのだが、試合が明々後日に迫っているため、副部長に任せている朝稽古の指揮を部長自ら買って出たのだ。
(そろそろ五分か・・・)
長い黒髪を縛りなおして、タオルを首にかける。
伸びをしながら足を踏み出したとき、背骨を痛みが駆け抜けた。
誰も見ていない。
分かっているが、万が一をおそれて平静を装う。
うずくまっているところを部員に見られたら一大事だ。
「・・・ちっ!」
延々と小さく痛み続ける背骨の辺り。
たまに思い出したかのように、先ほどのような鋭い痛みが走る。
試合前のこの時期になんと言う失態だ。
病院にいくべきかと思うが、行って全治二週間などと言われれば洒落にならない。
この痛みの原因。
階段から落ちそうになった生徒を助けた時のこと。
「・・・くそっ」
今は試合に専念すべきだ。
雑念を振り払うかのように頭を振る。
そして雲ひとつない空を見上げようと、顔を上げた。
目に入るのは屋上。
そこにあるのは、人影。
神田の頭の中で点滅する言葉。
『屋上、立ち入り禁止』
+School Days+
#24 発見
沈黙は10分、20分続いたと思う。
いや、もっと短かったかもしれないが、にはそのぐらい長く感じられた。
いろいろ考えてみるものの、なんと口を開いてよいか分からず、タイミングを計りかねて結局黙っていたのだ。
「・・・・すみません、変なこと聞いて」
突然振り返ったアレンが静かに微笑んだ。
「う、ううん!いいの!別に!」
とっさにそう言っただったが、内心あの抽象的な言葉の数々の意味を知りたくてたまらなかった。
でもそれは、何故か聞いてはいけない気がして。
「冷えますね、やっぱり、屋上は。」
アレンがひょいとフェンスから飛び降りて、に並ぶ。
「戻りましょう」
「っウォーカー君!」
「はい?」
小首をかしげるアレンに、は惑う。
まるで何もなかったかのようにアレンの表情は朝会った時のそれに戻っている。
フェンスの上にいたときとは、別人の。
「・・・も、もどろうか、そうだね、うん。」
はお茶を濁し、あわてて屋上の扉に向かう。
後ろでアレンがついてくる気配がする。
(あー・・なんか私ってだめだなぁ・・・)
漠然と思いつつ、ドアノブに手をかけた、その時。
力を込めてもいないのに、勝手にドアノブがまわる。
驚いている間もなく現れたのは、般若。
「!何でお前がここにいる!!」
柳眉を吊り上げて怒鳴る神田。
驚いたはとっさに息を呑んでしまい、声がつまる。
「?!ぬ、ぐ、うぇえ?かかかかかいちょ!ななん」
「屋上は生徒立ち入り禁止だろうが!!」
「ひぃっ!」
完璧にびびって縮こまってしまったの前にすっと影が進み出る。
「すみません、僕が連れ込んだんです」
「あ?」
神田は突然割り込んできた人物を睨みつけた。
アレンは気おされる様子もなく、毅然と神田を見上げる。
「僕が無理やり引っ張ってきたんです。さんは悪くありません」
「・・・連れ込んだ、だと?」
神田のこめかみに青筋が浮かびあがる。
アレンは顔色を変えず、言い切った。
「はい。僕の責任です」
返事を聞くや否や、神田はをギッと見た。
はビクッと肩を震わせる。
その腕をがっと掴むと、アレンの方をこれまたギッと睨む。
「鍵を閉めて元通りにしておけ!それから昼休み一番に生徒会室に来い!!!」
そう怒鳴ると、神田はを引っ張って屋上を飛び出した。
        
最後の神田の顔は浮気現場を発見した夫の感じの顔をしていると想像していただければ幸いです。
けい
07,01,23(08,04,02改)
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