「・・・ここ、どこ」

駅を出てから3分後。
は桜の花びらが舞い散る中・・・道に迷っていた。


角を二、三度曲がったところで道が分からないことを思い出し、はカバンを探った。
中も見ずに手を突っ込んだが、『入学のしおり』らしきものは手に当たらない。

仕方なく立ち止まり、中を覗き込んだ。

・・・・なかった。

は一気に血の気が引くのを感じた。








+School Days+

#2:桜の君







受験はイタリアにいるうちに、なぜか灰星学園の関係者の人がきてくれてそこで行った。
制服は、家に届いた。

つまり、が灰星学園に行くのはまったくの初めて、ということで。
決して方向音痴というわけではないが、来たこともない黒団駅周辺などわかる筈もないわけで。

(だ、誰か!)

誰かに道を聞こう、と見回すが、桜並木が立ち並ぶばかりで誰もいない。
灰星学園の新入生はもう20分以上も前にここを通り過ぎているから、当たり前といえば当たり前だった。


はさらにあせる。

(どっかに立て札とか、看板とか!案内人とか!)

何度見回してみても、朝の散歩の老人一人、いない。

「・・・こういうの、日本では厄日、だったっけ・・・」

がっくりと肩を落とし、途方に暮れる。
混乱するとわけのわからない事を考えるのはの悪い癖だった。








その時


ふわっと


目の端を、よぎった。





反射的にそちらに目を向けると


黒髪が

さらさらと


歩く早さに合わせて、桜と一緒に揺れる様が


綺麗で

優雅で


フワリ

とそれが不規則に揺れたかと思うと

その人は脇の桜を見上げた。

顔はよく見えない。


でもその口元は、綺麗に弧を描いて。


そしてまた

フワリ

と髪をゆらして前を向く。









ははっと我に帰った。

人だ。
道を聞かなければ。
遅刻してる。

しかし、声をかけるのはなんとなく憚られて。

(でも、学校が・・・!)

オロオロしているうちに、その人はずんずんと進む。

そこではあることに気がついた。
その人物が、スラックスをはいている事に。

「・・・お、男?」

思わず口をついてポロリとこぼれた呟き。
首から上、それもほとんど髪しか視界に入っておらず、てっきり女性だと思っていたのだ。

自分の喉から飛びだした言葉には慌てるが、幸い前方の人は気がついていないようだった。

ほっとしたはさらに気がついた。
スラックスの上。
そのブレザーはと同じもの。

(・・・見つけた!)

彼についていけばきっと灰星学園にたどり着くはず。

(・・・よし!)

はもう小さくなった彼に向かって走り出した。
こうして尾行は開始されたのである。















尾行は順調だった。
しかしえてして問題は発生するものである。

三分ほど、は007のテーマソングを頭でまわしながら尾行を続けていた。
つかず離れずの丁度良い距離を、相手の歩調にあわせて。

その人物が突然ピタと止まったのだ。
も思わず固まる。

(え?ちょっどうしよう!)

見まわしてどこか隠れるところが無いかと探したが、曲がり角はさっきあったばかり。
傍らには桜並木。
桜の木や電柱の影に隠れるなどといったマンガのようなことが出来るはずも無い。

しかし、止まっていては変に思われる。
仕方なくはそろそろと歩き出した。

追い越してしまえば一巻の終わりだ。
歩調はゆっくり。足幅も小さく。

(早く歩き出して・・・)

そう願うが、前方の黒髪は一向に動く気配を見せない。
もちろん歩を止めることは出来ず、とうとう後一歩で追い越すというところまで来てしまった。

(・・終わった・・・・)

そう思い、重い足を一歩踏み出した、その時。

低い声が、の耳を捕らえた。

「おい、お前」
「ひ!」

短い悲鳴をあげるも、振り返ることなど出来ない。

何故声をかけられた?

パニクってが固まっていると、腕をぐいと引っ張られた。
強制的に振り返らされ、視界に相手が映る。
その目に飛びこんできたものに、思わずは目を見開く。
抗議の声をあげようと開いた口は半開きのまま固定された。

綺麗な黒髪の持ち主の、その容貌。

をねめつけている切れ長の目。
すっとした鼻梁。

言うことなしの美形だった。

(・・・・・・・・・)

がしばし見とれた、その薄い唇が開く。

「お前、ずっと俺を付けてきてただろう。用は何だ」

柳眉が不機嫌そうにぎゅっと顰められる。
美形だからか、余計に迫力があって。

はその様子にもう一度小さく悲鳴をあげる。
そして驚愕と怖さから反射的にバッと腕を振り払った。

「ご、ごめんなさい!!!!」

そう叫んで、は駆けだした。

「おい!」

後ろから声が追い討ちをかける。
体力のすべてを足と腕に注ぎ込み、は桜並木を全力で疾走した。

















「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

息を整えるため、は立ち止まった。彼はどうやら追ってきていない。
膝に手を付いて息を整える。

ふとカバンに気がつき、は冷や汗をたらした。

(・・・学校!)

さっきのあの人がいたところは、もう遥か彼方後方。
ということは、学校の場所など微塵も分からないということで。

(ひ、人!)

誰かを求めて再び見まわしたの目に飛びこんで来たもの。
前方にずっと続く、緑の垣根。
の口元にはだんだん笑みが浮かんでくる。

「・・・やった!」

見覚えがある。
そう、あれはパンフレットの表紙。
やる気の無いパンフレットの中で、唯一の写真。

灰星学園だ。

「きゃっほう!私って最高!ステキ!」

今はまだ端しか見えていない茶色い門へとは走った。














神田との出会い編。
どうやらこのヒロインちゃんはお馬鹿そうです・・・・。

けい

06,04,04(08,04,02改)