少女が歩いていた。
片手には男物の団服を抱えている。
そのいつもは若く生き生きした顔が、少々やつれている。

原因は、今足元で共に歩いている黒猫、もとい、神田のせいだった。







+cat poison+




「俺は蕎麦だ!蕎麦!!」
「・・・はーい」
「分かってるだろうな!?レンコンと獅子唐と」
「はいはい」
「天ぷらだぞ?!」
「はーいはい」


気のない返事を繰り返していた
それに軽い怒りを覚えた短気な黒猫は、の足元にタックルをかました。

「わぁっ!」
はよろけるも、何とか体勢を立て直す。

「ちょっと!何すんのよ神田!」
「ウルセェ!俺をその名前で呼ぶな!」
「なんでよ!」
「ばれるだろうが!」
「じゃあなんて呼べばいいのよ!神ちゃん?」
「ぶっ殺すぞてめぇ!もっと他にねぇのかよ!」
「じゃあ・・・ユウは?」
「っ!?お前どっからそれを!」
「コムイさん。あーもう!これが嫌なら神田って呼ぶわよ?!妥協してよ!」
「・・・ちっ!」

このすさまじく早く、また、とてつもなくうるさい怒鳴り合いが終わった頃、食堂が見えてきた。

「良いか?蕎麦だぞ?」
近づいてきたせいか、少々声のトーンを落としながら神田がなおも言った。

「はいはい」

キィと食堂の重い扉を開く。





コムイの逃走と、リーバー班長の追跡を見た後、は神田を神田の部屋に連れて行こうとした。
が、

「腹が減ってる。食堂に行くぞ」
「は?何で私まで?」
はぎょっとして神田を見た。
より明らかに目線の低い神田は自分の主張を口にする。

「猫が一匹じゃ怪しまれるだろうが!大体な、注文なんかしてみろ。卒倒されるぞ!」
「いいじゃない。しばらくそのまんまなんだから、もういっそばらしちゃった方が」

「・・・お前、元に戻ったら六幻でぶった切るぞ、それでも良いのか?」
目がマジだった。


そうして脅されて、しぶしぶは神田の食堂行きに同行したのだった。







「あんらぁちゃん!今日はなんにする?やっぱりオムライス?」
低い声で可愛らしく話すジェリーに、

「こんにちは」

とあいさつして、はあわてた。
横を歩いていたはずの、神田がいない。

「かっ・・じゃなかった、ユウー!」
返事はない。
ただ、目線の右の方に人だかりが出来ている。

(まさか・・)
はあわててその人だかりに突っ込んだ。

「ユウ?・・ちょっとすみません・・ユウ?」
「ニャガーッ!!!」

人を掻き分け書き分けすすむと、真ん中にいた女性が神田を抱っこしていた。
大分暴れているが、その女性はなれた様子で、引っかき傷一つおっていない。

「あら、あなたの?」
「はい、すみません。」
手を出すと、神田はあわてての腕の中に納まった。

「綺麗な猫ちゃんね。名前は?」
「あ、えっとか、あ、ユウです」
は神田、と言いかけてまたもや言いなおした。
あせる、あせる。

「ユウちゃんか」
女性がにこり笑う。
すると突然、別方向から声がかかった。

「ねぇ、貴方、その猫、私に譲ってくれない?」
みると、右にいた人だかりの女性が一人、目をキラキラさせていた。

「大切にするわ。ねぇ、お願いよ」
「それなら俺だって!」
「あら、私だってその猫ちゃん、ほしいわ!」

「私も!」
「俺も!」
「僕も!!!」

次々と声が上がり、ぎゃあぎゃあと大騒ぎになる。
中には神田のほうに手を伸ばす人もいて、は神田をぎゅっと抱きしめると、あわててそこから逃げ出した。







「ここまでくれば大丈夫でしょ!」
カチャンと、は部屋の鍵をかけた。
扉に背を預けて、ずるずるとその場に座り込む。

「なんなんだよあいつら・・!」
神田はのベッドにひょいと乗ると、疲れた様子でそれにぐてっと横たわった。

「知らないわよ・・あんた、なんかサービスでもしたの?」
「馬鹿か!んなもんしてねぇよ。お前の後追っかけてたら後ろから突然手が伸びてきてつかまったんだ!」
ハァとため息をついて、手に持っていた(邪魔だった)神田の団服を椅子にほると、もベッドへ飛び込んだ。





は逃げた。
神田を持って走るより、神田には走ってもらったほうが双方共に速い。
スピードを落とせない訳があった。

追いかけて来る輩がいたのだ。
執念に満ちた表情で追いかけてくる男女。

二人はそろって恐怖を感じた。

「っ!こっちだ!」
神田の示す方向へ方向へと走っていくと、いつの間には皆をまききった様で、はへとへとで自室へ戻ったのだった。




(なーんであんなことになっちゃったんだか・・・・)
は同じようにベッドに横たわる猫を見た。

「綺麗な猫ちゃんね」
あの女性の言葉がよみがえる。

「・・だからか」
「は?」
「だって神田、綺麗なんだもん」
「あぁ?」
心底わかってないという風に、神田は変な声を出した。
「毛並み黒々としているし、体つきシャープだし・・」
ジィと見ながらは呟く。

「じろじろ見んな。気持ちわりぃ。まったく。飯はくえなかったし」
「・・・・ねぇ、神田」
「あ?」
神田が身を起こしてこちらを見た。
綺麗な深深とした黒いアーモンド形の瞳が、を映し出す。

「あの人たちの誰かに引き取ってもらった方が良いんじゃないの?」
「・・何だと?」
「だって・・さ。あの人たち、大事にしてくれそうじゃない?」
「却下だ。それはこの事情を知るやつが増えることになる」
神田は意味がないという風に、またそっぽを向いて寝そべった。

「でも・・さ神田も、あの人たちのほうが良いんじゃない?」

一人ぐらい増えても、とは続ける。

「・・あのなぁ」
「特にはじめに神田抱いてた人なんて、扱いなれてそうだし優しそうだし」

「・・
「ん?」
「むやみやたらに秘密をばらしたくねぇし。俺はで良い」
「良いの?」
は拍子抜けした顔。

行くと思ったのだ。

「お前は嫌なのか?」
「えっ」

嫌は嫌。
先ほども発揮した我侭、そしてこの不遜な態度。
はじめは嫌だった。

だが。

は神田を見た。


綺麗な猫。
はじめもそう思ったが、先ほどの食堂で改めて思い知らされた。

皆が求める猫。
見ていて、そうわるくない。
いやむしろ、見ていたい位に思えてきた。


(神田に恩を売っておくのも、いいかもしれない)


「ちょっとの間でしょ?」
にやっと笑った
神田はその笑顔に多少動揺を覚えつつ、そっぽを向いて答える。

「とりあえず、蕎麦、もってこい」
(やっぱ嫌かも)






































私も神田猫追いかけてると思う。

けい



05,12.17