「そんな話信じられるか!」
黒猫が噛み付かんばかりに叫んだ。

はその黒猫を見つめ、ため息を繰り返している。

一人、コムイだけがニヤニヤしていた。



+cat poison+

しばし考え込む様子を見せる黒猫。いや神田。

ソファーに行儀よく前足をそろえて座っている様子は不遜に見えるが、どこかしなやかな優美さを備えている。
それはきっと、その毛並みの艶やかさと体のすらっとした曲線も手伝ってのことだろう。

先ほどまでコムイを散々罵っていた所為か、鬚がすこし垂れ下がっている気がする。

それでも・・・
(きっれーな猫よねぇ・・)
元が良いだけに猫になっても綺麗なんだ、とは素直に思った。
(・・この状態でイノセンスって発動できるのかな・・)
(でも出来ても持てないわよね・・あぁ・・エクソシストが一人減ったらその分お鉢がこっちに回ってくる・・)
そう考えてはまた、何度目になるか分からないため息をついた。


「っ!コムイ!」
突然神田が鬚と耳をピンと伸ばして、執務席に座ったコムイに呼びかけた。

コムイは先ほどから自身の薬の成果に酔いしれている。
「フフフフ・・・これを薄めてリナリーに飲ませれば猫耳・・」
「オイコムイ!」
「ん?なんだい神田君?」

音も立てずソファから飛び降りると、とことことデスクに歩み寄り、ひょいと飛び乗った。

「解毒剤とかねぇのか?普通科学者ってのは毒を作ったら解毒剤も一緒に作ってるもんだろ?!」

「ん〜ないね」
毒なんて言わないでよ、とコムイは眉をひそめつつ言った。

「あぁ?てめぇ!これどう責任とんだよ!」
「それさっきも言ってたけどさ、責任うんぬんの前にどうしようもないんだもん」
肩をすくめるコムイに、神田が牙をむく。

「どうしようもないだと!?じゃあ俺は今からどうやって生活していけってんだ?一生黒猫のままかよ?!」

「あー多分三日ぐらいで切れると思うよ、それ、粗悪品だし。」
「は?」
「試供品のつもりで色々混ぜて作ったしね、その所為で解毒剤の作り方もわかんないんだけど。三日か・・長くて一ヶ月」
「長げェよ!」

「わかんないもーん」
ぷいとコムイはそっぽを向くと、飽きたようにそのまま席を立つ。

「おいコムイ!どこ行く!」

「どこも何も、解決したじゃない。多分一ヶ月以内には元に戻るし、それまでは仕事も回さないよ。元に戻るまでの世話は・・・あ、君でいいや」
「は?」
「じゃ、僕はこれで!」
しゅびっと片手で敬礼すると、コムイは椅子の下に作った秘密の抜け穴をぱかっと開けた。
そこに切れ目が入っているとは思えないほど、精巧なつくりだった。
そしてそこに器用に滑り込んで、片手だけをにょっ出すとひらひらとソファに向かって手をふった。

反射的にも振りかえしてしまった。

そしてパタンとその穴は閉じられた。








は顔を横に向けて冷や汗をだらだらとかいていた。
ソファからして前を向くと、必然的にコムイの執務机がある。

そしてそこには絶対にこちらをにらんだ黒猫がいるはずだ。
目を合わせたら一貫のおしまい。


「・・・・おい」
低い声も、無視を決め込もうと心に決めた。しかし

「きいてんのか!!」
「はぃぃ!」
(しまった)

上ずった声で返事をしてしまった。
ついでに思わず首を元の位置に戻してしまったことで、黄色い目を光らせている神田と、きっちり目が合ってしまったのだ。

「・・・お前、俺の世話するんだよな?」
探るように、追い詰めるように、神田が獲物に飛びかかるような体制で言った。

「いや、あれは室長が決めた事」
「うるせぇ!今からお前が俺が元に戻るまでの世話しろ!良いな!」

うんともいいえとも言えず、は困り果てた。
確かに不憫だとは思うが、神田の世話なんて・・・すぐにかっかしそうでとてもじゃないけど出来ないしやりたくない。

(でも後で復讐されても困るしな・・・)


八方塞がりで泣き出したくなってしまった。

その時。


「室長ーハンコー・・ってあれ?室長は?」
「リーバー班長!!!」
地獄に仏とはこの事。早速はリーバーに飛びついた。

「リーバー班長リーバー班長!猫はお好きですか?好きですよね?!」

「え?いや、別に嫌いじゃないけど・・」
「じゃあじゃあ、あの黒猫をしばらく預かってください!!」
びっと指差すは執務机。

「・・黒猫ってそのの足元の?」
「え?」
いや、神田は机にいたはずだ、と思いつつも下に目をやると、黒猫が平然とした様子での足元に座っている。

「足下によって行くなんて、なつかれてるな」
にこっとリーバー班長が笑う。
「それにしても、きれーな猫だな・・・。拾ったのか?の?」
「なに言ってんですかリーバー班長!これは神、いたっ!」
神田、と言いかけて足元に激痛が走り、はつまった。
とっさに下を見ると、神田が鬼気迫る目つきでこちらを見据えている。

怖い

猫相手にこれだけ恐怖心を持ったのはこれが初めてだと思った。
その目は


俺だってばらすんじゃねぇ!!


と言っている。(と思う)



「・・拾ったんです。この間の任務の時に」
ひくついた笑みでそう返すと、リーバーは気にした様子もなく、書類を執務室におくとにこう尋ねた。

「そっか。大事にしろよ。・・・んで、室長、今度はどこに穴作ったんだ?」
「・・・なんか椅子の下から行きましたが・・」
「ったく!」
言うとリーバー班長は椅子の下の穴を簡単に見つける。
そしてそこにコムイ同様器用に滑り込むと、

「じゃ、俺は室長捕まえてくるわ」
そう言ってこれまた同様、手だけ出してひらひらと振った。
もまた振りかえすと、穴のふたは開けたまま、リーバー班長のすすんでいく音が遠くなった。


横下を見ると、黒猫がしてやったり、と言った様子でこちらを見ている。


(・・しかたない)

貧乏くじ引いたな、と思い、はまた違う意味でため息をついた。















神田猫を可愛がることになりました。
ちなみにヒロインちゃんは神田に対して特別な感情は今は持っていません。




けい



05,11.24