部屋から部屋へ。
そんなところなんで動くんだ、という部分をためらいなくシーナは動かし、そのたびにぽっかりあく薄暗い穴をシーナに続いて神田、そして最後にという順で続いていく。

その間、シーナはそこの段差に気をつけろだとか、屈めだとかいうこと意外は言葉を発さず、それが神田には不安だった。
何を考えているのか、読めない。
それは剣先を突きつけられているより、ある種の恐怖を感じる。
命をつかまれているという不安感。
それはが一緒ということでなおいっそう高まる。

が、当のは神田ほどの危機感を覚えない。
ただ、今の彼は自分に襲いかかったときの彼とは違う。
なぜそんな自信が沸いてきたのかはわからない。
根拠もないのに、なぜか彼を信じることができたのか。

(でも・・・今は、そんなこと考えてる暇は、ない)

ただ進まなくては。













+cat poison+










「この森はほとんどが針葉樹林ですが、目印に広葉樹が植えてあります。それをたどっていけば町に出ます」

シーナの指し示す先には、確かにほかの木々とは毛色の違う木が月明かりに照らされて立っている。
拍子抜けするほどあっさりした脱出だった。
ただ、たんたんとシーナのあとを追い、そして最後にはしごを上るとそこはもう屋敷ではなかった。

神田はどこまでも無表情のシーナを見る。

「おまえは、どうするんだ」
「私はいったん戻ってあなたがたが反対の方向へ逃げたとでもいっておきましょう。追っ手が緩まるでしょうから」

そう事務的に告げると、では、と頭を下げ、シーナはくるりと背を向けた。
その背には何も感じられない。

「・・・ばれたら、ひどい目に合わされるんじゃないの?」

つぶやくように投げかけたの言葉にシーナはきれいに振り返る。
そして、小さく首を振った。

「ご心配なく。私は先ほどをもって旦那様にお暇をいただきました」
「っ?!なんで?!」

には彼のゴードン卿につき従う姿はそれこそ盲信的に見えた。
それをこんな数時間で突然ぷっつりときられるものなのだろうか。
だがシーナの表情はただ静かだった。

「自分がただの執事でしかないことに気がついたからですよ。どこにでもいる、ただの執事でしかない。『シーナ』ではないということにね」
「?どういう」
「さ、早く。抜け道を知らないとはいえ、ここは屋敷からそう遠くありません。いつここも気づかれるとも知れませんから」

シーナは森を指した。
確かに今は急がなければならない。
だがどうしても納得できない。
それは二人の思いだった。
いったんは敵であり、巧妙に自分たちを罠にはめたのだ。

意図がつかめず、神田はうなるように声を発す。

「・・・おまえはなぜこんなことをしたんだ」

神田の率直な質問だった。
もシーナを見つめる。

自身をじっと見つめる二人に、シーナは軽く笑った。
重苦しく、暗いものではない。
雨の最後の一雫が葉をたたいたかのような、軽く気持ちのいい笑みだった。

「私のためです。」

二人は待つが、シーナはそれ以上何も言おうとしない。
短い沈黙の後、神田がため息を吐いた。

「・・・の件の罪滅ぼしか?」
「どうとっていただいてもかまいません」

その言葉を鼻で笑って、神田は背を向ける。

「礼だけはいっといてやるよ」
「ありがたく頂戴いたします」

背を向けた神田はそのまま森へと進んでいく。
は慌ててそれを追おうと足を踏み出し、思い立ってシーナのもとへ歩み寄った。
歩み寄ってきたに、シーナは深く頭を下げた。

「・・・数々の非礼、お詫び申し上げます」
「う、うん。いいよ、もう。だから頭下げないで・・・その、さ、・・・ありがとう」

言ってはシーナの手をとった。
その温度に驚く。

――――熱い

それはあの時、手首をつかまれていたときとは比べものにならないほど。
人の温度がする。
あの不安定な感じがしない。

そう。
この人は『生存』している―――『生きてここに在る』。

なぜかうれしくなってぐっと握ると、シーナも握り返してくれた。

「こちらこそ、ありがとうございました」

握手をした手をゆっくりと解いた。
は目印の広葉樹の前で立つ神田の元に走る。











「何の話をしたんだ?」
「別に。ただありがとうって言ってきただけ」
「あいつ、なんて返した?」
「えっと・・・その前に、まずあのときのやつごめんなさいって言って、それからこっちこそありがとうって言ってた」
「・・・・なんであいつが礼言うんだよ」
「・・・?さぁ。まぁいいじゃん。帰ろ」
「あぁ」













おうちにかえろ。



けい

08,10,05