「おつかれさまーって、あれ?神田君?もとに戻ったの?!うそ、なんで、何で戻っちゃったんだよぉ!!」

本部に戻ってすぐさま報告に向かった室長の執務室にて。
コムイのその悲しみに満ちた叫びに、神田は拳を振り上げた。







+cat poison+





















「あ?なんだよ、俺がもと戻っちゃいけねぇのか?あ?」

胸ぐらをつかんでぶらぶらゆすりながら神田がコムイの顔を覗きこむ。
ぴくぴくと震える神田のこめかみに恐怖を覚えたコムイは首をぶんぶんと振って早口でしゃべり始めた。

「やだなぁ、そんなはずないよ。だって僕、神田君が元に戻ってとってもうれしいんだよ、ほんと、ほんとに。」
「ユウ。報告が先でしょ」
「・・・・チッ!」

一言で神田を下がらせたに、コムイはいぶかしむ。
が、すぐにとあることを思いつくとぽんと手を打った。

「えっと、とりあえず今回の任務、イノセンスは」
「君たちできちゃったの?!」

突然のコムイの的を射た発言に、が目を見開く。
口をパクパク動かすが、なかなかうまく言葉が出てこない。

「っ?!なっ!ななななにを室長!」
「うわー、神田君が猫になっちゃったから安心してだしちゃえーと思ってたんだけどなぁ。あ、まさか神田君、この機会狙ってたの?うわー神田君のえっちー」
「・・・この変態野郎が!」

神田の拳を、今度はも止めようとはしなかった。


















「うん、そっか。イノセンスはなかったってことね、うん。わかった、わかった」

顔が軽く変形したコムイは割れためがねを押し上げながらコーヒーカップを手にとった。
向かいに座って恥ずかしげに目をそらすと、まだこちらをにらみつけている神田を見る。

「でもねーほんと、よかったよ。実は元に戻る薬がなかなかできなくてさ・・・。あ、そうだ、何でもとに戻ったの?」
「あ、そうだ。ユウ、あれ出して」
「あれ?」
「ほら、あの変な液体」
「あぁ。」

思い出したかのようにつぶやいて、神田が懐から試験管を取り出した。
それを受け取ると、も懐からあのときの石を取り出す。
コムイのめがねが鈍く光った。

「・・・?それは?」
「この石が、イノセンスを無効化する結界に使われていた石。それでこっちが神田が浴びたら元に戻ったって言う液体。両方科学班のほうで調べてください」

コムイの手にそれらを渡すと、コムイは試験管を傍らに置き、しげしげと石を見やった。
くるりとそれをまわして、コムイが眼鏡をずりあげる。

「イノセンスを・・・無効化?」
「はい。一度捕まってしまった時に結界が張られてまして。中ではイノセンスは一切使えず、その石を持った人間だけが結界をすり抜けられる、というものでした。」
「それはまた妙な。・・・よくそんなエクソシスト対策みたいなもの作ってたね」
「興味があったようです。エクソシストの不思議な力に」
「そう・・・で、この石がイノセンスじゃないの?」
「違うと思います。私のイノセンスが反応しなかったので。ただ念のためにへブラスカに見てもらってください」
「りょーかい。じゃあこっちの試験管は科学班にまわしておくよ」

コムイがぽーいと試験管を放り投げると、それは『化学班第二実験室へ』と書かれた箱の中におさまった。
ついで石を大事に懐にしまうとコーヒーを飲み干し、立ち上がる。

「じゃあ僕は早速ヘブラスカのところへ行ってくるよ」
「お願いします。あの、報告書は・・・」
「あ、今日はもう遅いし、明日でいいよ。ゆっくり休んで」
「はい」

じゃあね、と手を振りつつ、コムイは執務室から出てった。
それを見送り、大きく息を吐いたはソファに背中を預ける。
鈍い空気が抜ける音がして、ソファが小さく軋んだ。

「・・・終わったね、任務」
「・・・あぁ」

は神田を見なかった。
神田もを見ず、ただ腕を組んで前を見つめている。

「・・・疲れたね、いろいろあって」
「あぁ」
「・・・よかったよね、元に戻れて」
「あぁ」
「・・・・」
「・・・・」

沈黙が流れる。
気まずい思いをするようなものではなく、ただお互いが相手の真意をはかりかねての沈黙だった。

「・・・私、部屋に帰る」

が立ち上がりソファを後にする。
と、神田もゆっくりとソファから腰を上げた。
一足先に行くが、ドアを開けて、そこでやっと神田の顔を見る。
神田も顔を上げ、を見た。
二人の視線が絡み合う。

が、その距離は遠い。

「・・・ユウは、自分の部屋に戻るんだよね?」
「・・・あぁ」
「そっか。うん。じゃ」

手を振って、は静かに扉を閉めた。





















帰って、試験管に水を補給する。
クローゼットに団服をひっかけ、軽くシャワーを浴びて真新しい寝間着に身を包めば、人心地ついた気がするはずなのに。
ベッドに転がり枕に顔をうずめれば、それで幸せな気分に浸れるはずなのに。
いつもの任務帰りと同じ状況のはずなのに。

窓からのぞく月明かりを眺めながら、思う。

(・・・)

さみしい。
なんだか、寒い。

ここしばらく、帰る部屋は2人だった。
寝るのも2人だった。

でも今は一人。

「・・・寂しい、な」

口に出してみるとなんだか泣きそうになってしまった。

さっき気がついた。
ユウが元に戻った今、もう一緒の部屋いはいられないということ。

恋人同士になったからといって、一緒の部屋に住むわけにはいかない。
そしてなによりユウがそういうの嫌うだろうなとは思ったから。

だからさっきは何にも言えなかった。
ユウが何か言ってくれるかな、と思ったけど、結局「あぁ」しか言ってくれなかった。


寝るときに手の中にあったぬくもりがない。
寝る前の憎まれ口もない。


「寂しいよ、ユウ」


いつのまに彼の存在がこんなに大きくなったんだろう。


















けい

08,10,05