僕は愛人の子だった。

「お前は賢いから、きっと大丈夫よ」

母はいつも、癖のように言っていた。
何が大丈夫なのかわからなかったけれど、そういっているときの母は至極嬉しそうで。
そしてまた、僕の頭をなでてくれたのでただ笑った。

「お前はあのゴードン卿の血を引いているのだから」

僕のお父様はとてもお金持ちでとても偉いのだ、と。
自分はいつかそのお屋敷に迎えられるのだ。
そして母とゴードン卿の三人で幸せに暮らすのだ。
そう信じて疑わなかった。


そのためにいろんなお屋敷の奉公に出た。
どこの家でも僕は聡明さで主人に気に入られ、沢山の知識を得た。
学問、テーブルマナー、言葉遣い、目線のやり方、心の読み方・・・。

するとどこのお屋敷でも呼び出され、養子にならないか、といわれる。
僕はそれを潮と決め、そういわれた日にその屋敷を後にした。

ある日、使用人を募集している広告を新聞で見た。
『ゴードン邸』。

もう8年も前に死んだ母が毎日うわごとのようにつぶやいていた名前。
もはやロケットペンダントの中で佇むのみとなった母が、微笑み、そして囁く。
僕の、父親。






行って、父親に会った。

「シーナです」

だが、父親は気づかなかった。
それとなく母の名前を出しても、無反応だった。



僕を知らない父親。
ただそれだけのために生きてきた僕。

拒絶された。


いや。

忘れていいるだけ。
―――がんばれば。
そうだ、言うことをよく聞いて、忠実に従い、そして気に入られれば、きっと思い出してもらえる。


僕はゴードン家の血を引いているのだ。
そうだ・・きっと・・・・――――
















+cat poison+
















必要とされたくて。
されないなどと、思いもしなくて。
いや、思いたくなくて。




















彼女を、うらやましい、と思った。

エクソシスト。

名前は聞いていた。
どこぞの教団が打ち立てた秘密結社の戦闘員。
何に対して闘っているのかは知らないが、不思議な力を持っているらしいと。

それゆえ、旦那様は前からエクソシストをコレクションに加えたがっていた。
そう、旦那様のコレクションは『人』。


僕がお仕えして一年ほどたったある日のこと。
太い紳士が現れ、顔の半分以上もある口でニィと笑い、言った。

「世界であなただけのコレクションを作りませんカ?」

そう言って置いていったのがあの青い石、そしてエクソシストの情報。
青い石で、旦那様は人から心だけを抜き取る術を覚えた。
そして人形のようになった、しかし確実に息をしているそれを並べて、満足げにワインを傾けるのが旦那様の嗜好の時間だった。

旦那様はエクソシストも欲しいのだ、と紳士に告げた。
そしてその石の半分を分けて、旦那様は紳士に言われるがままエクソシストの檻を作った。
いつか来る日のために。

その日が来た。
エクソシストが紛れている。
それはすぐに分かった。
青い石が鳴いていたから。

僕の心は躍った。
チャンスだ。
旦那様が僕を認めてくれる。
ほめてくれる。




あらわれたのは少女だった。
僕は巧妙に罠を仕掛けた。
でもずいぶんと人間臭い、と思った。
秘密結社の人間だというからもっと感情をそぎ落としたような感じかと思ったら、何のことはない、そこら辺にいる女の子と変わりないものだった。




彼女がうらやましくなった。
旦那様に必要とされ、そしてもちろん秘密結社にも必要とされている。
僕も彼女が欲しくなった。
彼女にも僕を必要として欲しかった。

でも彼女が必要としているのは別の人で。
その人も彼女が必要で。



僕は、ひとりで。






















「・・・ナ・・・シ・・・」

何か声が聞こえる。

体が重い。

「・・ナ!!!シーナ!起きろこの役立たず!!!」
「う・・・」

体の痛みに眉をしかめながら瞼を持ち上げると、目に入ったのは旦那様だった。
なぜか下着一枚。

「・・・どうされたのですか、その格好は」

体の痛みに腹を押さえながら立ち上がると、旦那様は顔を真っ赤にして沸騰したやかんのように怒鳴りだした。

「ううううるさい!さっさと服を見つくろって来い!そして屋敷の護衛と使用人を呼べ!」
「・・・追いかけるのですか」
「当たり前だ!絶対逃がさんぞ!!」

旦那様はパンツ一枚で息巻く。
あまりにも哀れな姿に、仕方なく上着を脱いで旦那様の肩にかける。
すると旦那様は汚いものを払うようにばっと上着をはたき落した。

「使用人の上着なんぞ着れるか!私のを持ってこい!!」
「・・・わかりました」
「それからさっさと捕まえろ!!」
「あの二人をですか?」
「・・・二人・・・?お前、まさかあのエクソシスト女に逃げられたのか?!」
「はい。助けに来たあの者に・・・『神田ユウ』に負けました」
「神田ユウ・・・?!くそ!やはり・・・あの黒ネコに化けていたのだな・・・なんという奴らだ!くそ!くそ!」
「旦那様、もうあの者たちはあのまま放っておいた方が」

至極冷静に答えると、旦那様は私を蹴り上げた。
突然で先ほどの余韻もあってか体の自由が利かず、地面に再び伏してしまう。

「黙れ!これだけこけにされて黙っておれるか!大体お前にも責任はあるのだ!つべこべ言わずにさっさと動け!!」
「それは他の者にお願いしてください」
「なに?!」

上着を拾って軽くほこりを払い、肩に羽織りつつドアに歩み寄る。

「私はあの者と戦い、負けました。追いかける資格はございません」

彼女は必要とされていた。
私は必要とされていない。
これは私以外でも変われる仕事。

「上着はお届けいたします。そののち、お暇をいただきます」
「なっ!」
「では、また」

哀れな姿の旦那様が扉の隙間に消えた。
さぁ、旦那様のクローゼットへ。

そのあと私は、この屋敷を出ていこう。

















けい

08,08,28