「・・・私をどうするつもり?」
「それは旦那様がお決めになることです」
「その旦那様とやらは?」
「お話しする必要はありません。ところで」
「何?」
「紅茶はいかがですか?」
+cat poison+
「いらない」
はきっぱりと言い放った。
シーナはこちらに背を向けてデスクボードの上でなにやらごそごそやっている。
かちゃかちゃと磁器の当たる音からして、紅茶の用意でもしているのだろうか。
「いらないわよ」
「私が飲むんです」
口をつぐむ。
ふふ、と軽く笑ったシーナはポットとティーカップを持ってテーブルに掛けた。
「行儀悪いんじゃない?」
「こそこそ盗みに入る泥棒猫御一行と、どちらが?」
「・・・よく回る口ね」
「どうも」
の皮肉に涼しい顔で会釈して、シーナはカップに口をつけた。
そのしぐさは至極優雅で、は眉をひそめる。
(やっぱり、使用人て感じの人じゃない)
さっき会ったときも、言葉遣いに違和感を覚えた。
たとえ執事頭であっても、どこか変だ。
「あなた、本当にこ」
「“あなた”ではなく“シーナ”です」
「・・・シーナは本当にここの使用人?」
「旦那様に仕える使用人です」
「・・・子供、ではなく?」
瞬間シーナの手がぴたっと止まった。
眉がクッとあがる。
(・・・地雷?)
「・・・御冗談を」
「でもあなたの」
「黙れ!!!」
―――パリン!
ティーカップがベッドの前で割れた。
は思わず身を硬くする。
シーナが投げつけたそれはしかしてに当たらず、ベッドのバリアにさえぎられたのだ。
無残に割れた白い破片が散らばり、まだ少し残っていた茶色い液体が絨毯に染みていく。
肩で息をしながら、逆毛を立てた猫のようにシーナはを睨む。
「黙れ!黙れ!!黙れ黙れ黙れ!!!」
「・・・っ!」
幼子がかんしゃくでも起こしたかのようにシーナは一つの単語を叫び続ける。
突然の変貌に、は驚きを隠せない。
唖然と眺めていると、シーナがこちらにずかずかと歩んでくる。
とっさに後ずさるが、ベッドのヘッドボードに背中がついてしまう。
これ以上下がれないことを知り、はあせって顔を上げた。
「黙れ」
目の前に、ベッドの上にシーナがいる。
当たり前だ。彼はあのバリアを抜けられるのだから。
「・・・っふ」
その表情には先ほどの興奮はなく、初めてあったころのあのやわらかいものに戻っていた。
しかしそれが余計にの恐怖をあおる。
(―――戻ったんじゃない、超えたんだ)
端正な顔で小さく笑ったシーナはギシリと音を立ててベッドをはって進んでくる。
「や、やだ」
イノセンスは使えない。
教団で多少の武術は教わったが、この狭い場所で間合いも取らずに男相手に戦うのは不利だ。
「僕を拒絶します?」
「っ、何を」
「貴方も、僕を拒絶するのですか?」
シーナの手がの両手首をつかんで引き倒した。
「わっ!」
シーナの鼻先がの首筋に降りる。
「ちょっ!何?!」
「お静かに」
ぺろん、と首を生暖かいものが掠めた。
「(舌?!)や、やだ、やめて!ちょっと!」
「すぐにやめないで、とおっしゃいますよ」
「わ、わわ、わ、・・私はえ、っとあ、ゴードン卿!そう、私貴方のご主人様に引き渡されるんでしょう?!」
シーナの動きがぴたりと止まった。
チャンスとばかりにはまくしたてる。
「先に使用人が手出したりしたらまずいんじゃないの?!ね?!」
「・・・いやだ」
「うんうん、そうよね!だから早くどいてちょうひゃぁ!!」
シーナがまた首を舐めた。
「え、や、やめるんじゃ」
「やめないです」
シーナが顔を上げた。
見上げたシーナの顔は、なんだか泣きそうで、の両手を拘束しているその手はどこまでも冷たかった。
        
神田ー捕まってる場合じゃないよー。
けい
08,06,15 |