なんなのだろう、これは。
どうすれば良いのだろう、こういう場合。
分からない。
+cat poison+
「…?」
突然立ち止まったに、神田はいぶかしんで声をかける。
ははっとして首を振る。
「う、ううん。なんでもない」
その言葉が耳に入るものの、神田は解せず、とことことに歩み寄った。
と、は一歩下がった。
神田は眉間に皺をよせて試しにテフ、と一歩踏み出す。
とまたは一歩下がる。
「・・・・おい」
「え?な、なに?」
「何で下がる!?」
「べ、べつに!」
「俺から距離を置こうとしてんじゃねぇか!」
「してない!」
言いながらも神田はすたすたと間合いをつめ、は神田が詰めてきた分下がっていく。
言葉とは裏腹に、はなれない裾にもたつきながら冷や汗をかく。
そうこうしている内に、の背中は柔らかいものに突っ込んだ。
それは緑の垣根。
迷路庭園の曲がり角。
慌てて曲がろうとすると、正面にさっと黒猫が周り込んで来た。
「てめぇ…にがさねぇぞ」
軽く牙をむく神田。
はひっと小さく悲鳴をあげて、柔らかい垣根にすがった。
「そ、それ仲間に吐く台詞じゃないでしょ!」
「うるせぇ!何だって突然俺を毛嫌いしだすんだ!」
なんて鋭い!とはうっと詰まる。
動物的勘だか何だか知らないが、神田は図星をついていた。
「け、毛嫌いしてなんか…」
はっきりと違う、とはは言えない。
自分は一瞬でも、『嫌』なのではないか、と感じてしまったのだから。
双方どうとも言えず、沈黙が流れる。
遠くから野太いワハハ、と言う酔った声が聞える。
「・・・・・・・・・・・・もういい」
長い沈黙のあと、神田はそう言った。
そしてくるりと方向を変えると、また垣根へ進んでいく。
「え?ユ」
「ついてくるな!!!」
神田はそう怒鳴ると、その四肢を動かして走り出した。
は動けなかった。
ついてくるな、といわれたから?
――――神田の言うことに従う道理はない。少なくとも、は今までそうしてきた。
嫌と感じたから?
――――違う そうじゃない そうじゃ・・・・
「ワインをどうぞ」
すっと肩口から目の前に、グラスが差し出された。
軽く後ろを振り向くと、金髪のまぶしい青年が立っていた。
服装とその手に有るプレートからすると、どうやら給仕のボーイさんらしい。
「ありがとうございます・・・・」
どこかぼんやりと、はそのグラスを手にとった。
そして軽く一口飲んでみる。
赤く綺麗な色をしたワインは、今のには何の味もしない。
それでも軽く鼻を付く高そうなワインの香りだけは、かろうじてに届いていた。
ボーイはグラスを渡して離れていくかと思いきや、どこか迷った様子での傍から離れなかった。
しかしはそれどころではない。
突然自身に湧き起こったこの不可解な感情。
今まで自分自身についてで理解不能なことが無かったにとって、これは人生最大のハプニングだった。
その上、神田はどこかへ行ってしまったのだ。
「・・・・・どうかなさいましたか?」
ボーイが遠慮がちに声をかけた。
「え?」
は驚き、声のほうに目を向ける。
と、いなくなったと思っていた青年が、気遣わしげにその緑の両眼を向けていた。
「・・・差し出がましいことをお許しください。何かお困りのようでしたので・・・」
目を伏せ、軽く頭を下げだその青年の金髪がさらりと揺れた。
遠いホールの薄い光を受けて、シャラと光る。
神田と真反対の髪。
神田。
そうだ。
確かに困っている。
この不可解な感情。
この青年なら、分かるのかもしれない。
少なくとも自分よりは年上に見える。
年の功、と言うではないか。
見ず知らずの人にこんなことを尋ねるのは、普段のなら気が引けただろう。
しかし今の混乱した状態で、なりふりかまってなどいられない。
「あの・・・」
はグラスを返しながら口を開いた。
グラスはすでに空だった。
        
けい
06,08,08 |