「おまえさん、ほんに馬鹿じゃのう」
「なっ!」
「好いとう女泣かして、馬鹿以外の何もんでもないナリ」
「くっ・・・」
「・・・ぼけーっとしとるひまがあったら追い駆けんしゃい」
「・・・しかし」
「涙見せて逃げる女っちゅーんはの、たいがい追いかけて来てくれるんを待っとるもんじゃ」
「・・・」
「はよ行け。幸村には言っといちゃる」
「・・・頼む」
+Give me!+
遅れたのは私。
遅れていると知りつつも、大して急がなかったのも私。
その中で仁王とふざけていたもの私。
私が悪いのはわかっていた。
いつもの私なら、謝って、部室に走って。
着替えながら、いつもの倍以上の仕事をこなしてやる、なんて決心して。
結局1.5倍ぐらいしかできなくて、疲れて、他の部員たちが心配してくれて。
それで終りだった。
でも今の私の心はからっぽで。
そんなふうに前向きに考える余裕がなかった。
絆創膏で一生懸命にこりかためた物は、真田の言葉に耐えきれなかった。
(真田が、やめろって言った・・・)
あてもなく走りながら、は泣いていた。
(今まで失敗とかいっぱいしたけど、一度もそんなこと言わなかった真田が、言った)
今のに、先ほどの真田の言葉は堪えた。
だんだん速度が緩くなり、やがては立ち止まる。
無意識に人気のないところを求めていたようで、そこは校舎裏の誰もいない場所だった。
手でぐいぐいと涙を拭うが、嗚咽は止まらないし涙も際限なくあふれてくる。
「う、ひっく、ぅう」
私、泣いてる。
(・・・真田にああ言われたから・・・)
・・・違う。真田に言われたから、っていうだけじゃない。
あの昼休みの出来事。
ショックじゃないわけじゃなかったんだ。
ただショックすぎてよく理解できてなかったんだ。
それが今真田に怒鳴られたことで芋づる式に出て来て、心を割いていったんだ。
怒られて、泣きながら走って逃げて。
みっともない。
こんな子、真田が好きになるはずないじゃない。
そりゃ奈々子ちゃんみたいな子の方が良いに決まってる。
ううん、好きうんぬん以前に、嫌われてしまったのかもしれない。
馬鹿だ。
(私・・・)
「馬鹿者!」
突然の怒鳴り声に、が振り返る。
と、珍しく息を乱した真田が立っていた。
「ここは植樹中で立ち入り禁止だ!入るなという看板が見えなかったのか?!」
見えなかったというか、そんなもの見る余裕もなかった。
でもそう言い訳する力もなく、ただはうなだれる。
「ご、めんっなさ、い」
「・・・っ!」
「ごめ、な、さ・・っく、」
「・・・すまない。、俺が悪かった」
嗚咽交じりの声でやっとが泣いていることに気付いた真田は、はっとしたように帽子を脱いだ。
そして深々と頭を下げる。
「先ほどのは俺が言いすぎた」
その言葉に、は大きく首を振った。
「ちが、う、ひぅっく、私、が・・私が」
「は悪くないのだ。俺が感情に任せて怒鳴ってしまった。その、少し、いらついていてな」
恥ずかしそうに、真田は頭をかいた。
「もう泣きやんでくれないか。先ほどのことは本当に悪かった。がいないと部活が成り立たん」
弱ったように真田が言い、恐る恐るの頭をなでる。
そのごつごつした手のひらを頭部に感じながら、は首を振った。
それだけじゃない。
自分が泣いているのは、それだけじゃない。
「ちが、・・っく、・だっ、て、」
「?」
「さなっだ、が、ぅ、奈々子ちゃんから」
「む?」
「真田が、奈々子ちゃん、の受け取ったか、ら」
「・・・昼休みの、ことか?」
こくんと頷く。
だが鈍い真田にはまだわからない。
「・・・あれは、その」
「私が、渡し、ったかっ、・・に!」
「・・・む?」
「私が、あげたかったのに!」
見上げたの涙交じりの眼に射抜かれた真田は一瞬たじろいだものの、こちらにも言い分はあると口を開く。
「っ!お前は幸村に渡していただろうが!」
「だって真田、甘い物苦手だって言ったじゃん!」
「言ったが受けとらんとはいっとらんだろうが!」
「誰が好きな人に嫌いな物渡したいと思うのよ!」
「俺だってのがほしかったのだ!」
「「え?」」
二人は間抜けな声を出したあと、口を開けたままぴた、と固まる。
そのまま数秒。
のまなじりの涙がこらえきれないというように一筋、つぅ、と垂れた。
それを見た真田は呪縛から解き放たれたように、突然ガっとの肩をつかんだ。
「へ?」
「さ、先ほどの言葉に偽りはないだろうな!」
「・・・、う、うん」
「俺に渡したかったと、幸村ではなく、俺に渡したかったと、そういったな!」
「・・・は、い」
「それで、・・・その、」
「・・・真田」
「ぬ?」
「こうやってさ、抱きしめてくれてるってことはさ、期待していいの?」
(だって、真田の心臓の音、めちゃくちゃ大きい・・・)
破裂するのではないかというぐらい力強く、でもとても早く真田の胸は高鳴っている。
型物真田がこんな状態で、期待するなという方が無理だった。
「・・・俺はお前を好いている」
ぐっとの体を抱えなおし、真田がつぶやくように言った。
低くて男らしい、大好きな声にささやかれ、は小さく身震いをする。
「・・・」
「・・・お前も、同じ気持ちだと思っていいか?」
「・・・・いいよ」
ずっと好きだった。
がつぶやくように言えば、真田は真っ赤な顔を隠すようにさらにを抱きしめる腕に力を込めた。
「すまない。幸村、俺を殴ってくれ!」
部室に戻るなり第一声、真田はそう叫んで帽子を脱いだ。
レギュラーのみでミーティング中、次の練習試合の相手について相談していたレギュラー陣は突然帰ってくるなり奇天烈なことを叫びだした真田に目を丸くする。
訳知り顔で小さく口笛を吹いた仁王以外は。
「どうしたのだ、弦一郎」
冷静にそう尋ねたのは柳だった。
しかし真田は興奮したまま、幸村の前で片膝をつく。
が遅れて部室に入ってきたとき、すでに真田は決定的な言葉を吐いていた。
「俺はお前からを奪ってしまった!お前がのことを好いているのは知っている。
すまないと思っている。しかし友といえどもこれだけは譲れんのだ!」
(・・・・馬鹿)
はくらりとめまいがした。
いい雰囲気に浸っていた時、突然真田がガバリと顔を上げ、顔を青くしたのだ。
そして「俺はなんという不届き者なのだ…友に隠れてを手に入れるなど…!
だが、安心しろ!俺はお前を愛している!この気持ちは誰にも負けん!かくなるうえは友に許しをこいに行く!」とかなんとか大声で叫んで走りだした。
鼓膜がぐわぐわしているうちに真田に後れを取り、あわてて追いかけて来てみれば真田が阿呆なことをしている。
(・・・付き合うことは幸村には秘密にしようねって言おうと思ってたのに!)
絶対おもちゃにされるからだ。
「真田」
穏やかな声で幸村が静かに口を開いた。
真田はその声にならい頭を垂れる。
「あぁ、思う存分やってくれ」
「何を?」
「だから、殴ってくれ!」
「どうして?」
「お前はが好きなんだろう!」
「うん、まあね。蓮二と同じぐらい」
「・・・は?」
真田はまぬけな顔で顔を上げた。
その目線の先には幸村がほほ笑んでいる。
「のことはもちろん好きだよ。大事なうちのマネージャーさんじゃないか。でもうちの参謀も大事だよ」
ね、柳。と幸村が傍らの柳を見上げる。
柳は適当に頷いてみせた。
それを見た真田は呆然としている。手に持っていた帽子もポロリと落ちた。
「で、だ」
言葉と同時に幸村の周りにブリザードが吹き荒れる。
春の木漏れ日から冬の日本海へと、幸村の微笑み一つで部室は一気に変貌した。
「付き合うことになったんだね。二人は。・・・そうだろう?」
「え、あ、はい」
は思わず敬語になった。
いやな予感は的中だった。
「二人揃って部活に遅刻、その上真田は馬鹿なこと言ってミーティングを一時中断させたね」
「は、はい」
真田はひきつった顔で返事をする。
そこに幸村はとどめを刺した。
「二人とも、たるんでるよ。雑用一か月ね」
ニッコリ笑う中学テニス界の神の子に、逆らう者は誰もいなかった。
「そういえば、幸村、あのカップケーキ食べちゃった?」
「食べたよ。ブン太と赤也と三人で」
「なんで三人?!幸村なら食べきれずにとってあると思ってたのに!(っていうかブン太のやつ!しばく!)」
「フフ、こんなこともあろうかと思って。まぁ、残念だったね。」
「残念って!」
「でもまた今度作ればいいじゃないか。なんてったって二人は恋人同士なんだから」
「・・・うん」
「あれ?、顔が赤いよ。・・・・熱でもあるんじゃないかなぁっ!?」
「なんでそんな大声でさけ」
「!どうしたのだ!」
「なんで二面向こうのテニスコートから数秒で移動できるのよ!」
「いかんぞ!いかん!おなごが体調をくずすのはいかん!」
「わかったからさっさと練習に戻ってよ真田!」
「バカップルの誕生だね!」
「幸村うるさい!」
[END]
  
仁王の口調に苦しみましたが、何とか完結いたしました。
読んでくださった方々ありがとうございました!
けい
08,10,04 |