私は本当にあいつの彼女なのか最近不安になってきた。
・・・と、友達に言ったら渋い顔で別れたら?と言われた。

それができたら苦労はしない。













告白は私からだった。
心臓が口から出るかと思うほどどきどきしていた私。
ぷいっとそっぽを向かれて一瞬終わった、と思ったが、ぼそりと

「付き合っても、いいぜ」

と言われて、私達は付き合い始めた。

今思えばなんとつっけんどんな言い方だろう。
でもそのときの私はただ宍戸がOKを出してくれたことが嬉しくて泣いていたので、そんなところまで気が回らなかったのだ。


だがいざ付き合ってみればこれは付き合う前と一緒だ、と思った。
いやそれよりひどいかもしれない。

なぜかテニス部員が一部始終を知っていて、からかいはじめたのだ。
それに元来シャイでテレ屋な宍戸には大ダメージだったようで。

「一緒にお弁当食べよう」
「わりぃ、テニス部の奴らと食うから」

「一緒に帰れる?」
「部活おわんの8時だぜ?お前無所属だし、先かえれよ」

「朝一緒に学校行かない?」
「お前、学校行ってから授業始まるまで暇だろ、別にいい」

「・・・宍戸」
「っ!今くんな!」
「あれぇ?さんやん。ほれ、可愛い彼女にそんなこと言うてええの?し・し・ど・くん!」
「う、うるせぇ!おい!お前どっかいけ!!」

彼女なんですけど、私。
すごすごと帰ってきて席についた私は惨めだった。

前は話しかけても普通にしゃべってくれたのに。
今では人気のないところで二言三言か、メールでしか会話していない気がする。
そのメールでさえ
“悪い、明日早いし疲れてるから寝る”
と切られる。

別れようと何度も思ったけど、でもできなかった。
テニスに邪魔されてる感じがむんむんだが、テニスを好きな宍戸も好きだからわがままも無理も言えなかった。


結局、好きなのだ。



現在午後10時30分。
“悪い、俺もう寝るわ。じゃ。”

8往復か。
長いほうだったなぁ。

おやすみ、と打って私は携帯を閉じた。
ごろんと転がったベッド。
アイボリー色の天井を見ていると、じわりと涙が浮かんでくる。


何やってるんだろう、私。
付き合ったら幸せなはずだった。
毎日おしゃべりして、一緒に帰って、手をつないだりなんかして、そして・・その、キスとかも。
そしてそのうち下の名前で呼ぶようになったりして。

でも現実はひどい。
涙をぐいとぬぐってもどんどんあふれてくる。
米神に流れていくのが気持ち悪い。

宍戸が悪いわけじゃない。
それはわかってる。
でも寂しかった。

近くなると思った距離は前と変わらない。
期待してた分悲しい。
勝手に期待して勝手に落胆している。

馬鹿みたい、だ。

本格的に泣き出したとき、携帯が鳴った。
音は指定着信音で、この音は。

(・・・宍戸?)

さっき寝るってメールがあったのに。
携帯に飛びついた自分は本当に重症だなぁと思いメールフォルダを開く。

“今電話していいか?”

びっくりして思わず止まる。
とっさに浮かんだのは最悪の結末だった。

(・・・別れ話だったら)

聞きたくない。

“何?”

考えた末、とりあえずそれだけ送ってみた。

と、携帯が震えだした。
電話着信。発信者は宍戸亮。

(・・・やだ、な)

別れ話だったら。
でもたわいないことかもしれない。
もしかしたら寝る前にちょっと話そう、とかかもしれない。

(・・・ないない)

そんな展開になるはずがない。

着うたがサビに入った。
そろそろ出ないと悪い。

私は受話器を上げるマークを押した。


「もしもし」
「おう」
「・・・どうしたの?」
「あのさ」
「うん」
「その」
「・・・何?はっきり言ってよ」

どうやらたわいないことでもちょっと話そうとかでもなかったみたいだ。
いよいよがけっぷちかもしれない。

「いや、さ」
「悪いところがあったら、直すよ」
「は?」
「学校で話しかけて欲しくなかったら、そうする。もう帰り道にテニスコートの方通ったりしない。」
「?お前何言ってんだよ」
「別れるなんて、やだ」

また涙があふれてきた。
別れたくないよ。
私は宍戸が好きなのに。

「・・っ!お前!別れたいのかよ!」
「だからやだっていってんじゃん!」
「じゃあ何でそんな話になんだ!」
「だって宍戸が突然電話なんかかけてくるから!」
「ちげぇよ!明日一緒に学校行くかって聞きたかったんだよ!」
「・・・・え?」

私は間抜けな声を出した。泣いてたせいか少し鼻声でまぬけだ。

「だ・・っ!だから!!明日!6時に迎えに行くから一緒に学校行くか?!」
「え?え?」
「どうすんだよ!」
「い、いいいく!」
「じゃあ6時に家の前にいろ!じ、自転車だからな!」
「は、い」
「じゃあな!」

突然逆切れし、最後までその勢いだった宍戸の声が途切れてプー、プー、と電子音が耳に届いた。
しばらく私は呆然と今月のカレンダーを見ていた。
真ん中の15日あたりを。

ついではっとしてベッドから飛び降りて壁にかけてあった制服を引っつかんで部屋を飛び出す。

「あかーさーん!!!アイロン!アイロン出して!!」

やばい。嬉しくて踊りそう。
いまなら飛べる。














「おは、よう」
「・・おう」

帽子を直した宍戸が自転車を止めて私のかばんをひったくった。

「え?」
「前かごに乗せる」
「でもテニスバッグ入ってるよ?」

宍戸の黒い自転車の前かごには大きなテニスバッグが刺さってる。
私のかばんは入れそうにない。

が、宍戸はぐっとテニスバッグを押すと隙間に私のかばんをねじ込んだ。

「かばん持ったまま乗って落ちたらどうすんだよ。激ダサだぜ」
「お、落ちません!」

叫んで私はうつむいた。
どうも調子が出ない。

10分前から玄関に立っていろいろと会話のシミュレーションとかを考えてたはずなのに、全部どこかへ飛んでいってしまった。
宍戸も話しかけてくれず、黙っているとガチャンと音がした。

顔を上げると、宍戸が自転車にまたがっている。

「・・・乗れよ!早く!遅刻すんだろうが!」
「う、うん」

宍戸がまた逆切れしている。だが顔は赤い。
なれていないのか、照れているらしい。

それがちょっぴり、いやかなり嬉しかった。

自転車の後部に立った私は足を上げてはたと気づいた。
この場合またがったりしたら駄目だ。
昨日アイロンをかけたスカートのプリーツを大事にしながら私は自転車の後ろにちょこんと座った。

「乗ったよ」
「・・・落ちるぞ」
「落ちないってば!」
「落ちるだろ!だからつかまってろ!!!」
「ぇ?」
「つかまれって言ってんだ!」
「う、ん」

そっと、恐る恐る宍戸の腰に手を回す。

(うわ・・・おっきい)

小柄なほうだと思ってたが、宍戸の背中は大きかった。
そして硬い。

「いいいい行くぞ!」

どもった宍戸が自転車を漕ぎ出した。
ゆらっとはじめこそ大きく揺れたものの、スピードに乗ってくると安定しだす。
ふと思った月並みなことをきいてみた。

「・・・重いでしょ」
「まぁな」
「ひどい!」
「・・・なぁ、
「何?」

風を感じる。

「明日も、その後も迎えに来ていいか?」
「・・・!うん!待ってる!!」
「そっか!」

逆切れしたわけでなく、明るく叫んだ宍戸はスピードを速めた。
私は思わずぎゅっとしがみついた。
その後しまった、と火照る頬を抱えて思ったけれど、まぁ勢いでやってしまってよかったな、とも思う。

これでみんな私の中で帳消し。
つくづく甘いと思うけど、これから毎日宍戸の特等席で学校に行けると思うと嬉しさがあふれ出す。
笑みが収まらない。


朝の空気が頭を撫でる。
目を覚ましたばかりのお日様が照る。
目の前には広い背中。


私は宍戸が好きだ。





















そういえば、なんで突然迎えに来てくれたりしたの?

・・・最近、かまってやれねぇから。

でも、何で自転車なの?宍戸バス通学でしょ?

自転車だったらあの馬鹿どもに邪魔されねぇだろ。

・・・うん。

悪かったな、なんもしてやれなくて。

いいよ。わかってるから。

思ったことはすぐ言えよ。・・・一応、付き合ってんだからよ。

・・・うん!!!













[END]





氷帝祭第一弾はししどんです。
ししどんは恋愛の上ではすごい等身大の中学生だと思う。
周りにいる奴ら(跡部とか忍足)がああだからそう見えるのかもしれませんが(笑)


御題はこちらでお借りしました↓
過酸化少年


けい

08,07,29