「あ、あの、これ・・!」

振り返って少し下を見ると、女の子いた。
まっすぐにのばされたその手にはかわいらしい包みが、その腕と同様フルフルと震えていた。

「う、け、うけとってください・・・」
「・・・ウス」

自分の前でさえこんなに震えているんだから、きっと跡部さんに渡す勇気が出なかったのだろう。
その包みを手に取ると、女の子はがばっと顔をあげてほっとしたように笑った。

「あ、ありがとう!」
「ウス」

頷くと、女の子は赤い顔でそそくさと行ってしまった。

あれは同じクラスのさん。
小さくて、でも元気いっぱいに動く姿が小動物を連想させる子で、ちょっといいな、と思っていた子だった。

でも、そうか、跡部さんが好きだったのか。

自分なんかを好きになってくれるはずはないと思っていたから大してショックも感じない。
さんの好きな人が跡部さんというのも当然に思えた。
自分は跡部さんを尊敬している。その尊敬している人を好きだと言ってくれたのだから、ちょっと嬉しい。

ちゃんと渡してあげよう。

そう思い、持っていたカバンの一番上に包みを丁寧に乗せる。
小さな恋は小さく終わった。
























部活も終わり、跡部さんに続いてロッカーを開けた時鞄の上に置いてある包みを見て思い出した。
そうだ、忘れていた。

本当は真っ先に渡したかったのだが、今日の跡部さんはちょっと不機嫌だった。
どうせなら機嫌のいい時に渡した方が彼女の評価も高いだろうと思い、放課後にしようと包みを置いてコートに出たのだ。

今日はなぜか忍足先輩までもが不機嫌で(向日先輩によるとどうやら彼女に振られたらしい)その不機嫌さ2トップが同じコートに立ったものだからすさまじかった。いろいろ。
つかみ合いになった時点で正レギュラー全員で止めに入ったが(ほかの部員は怖がって逃げ出してしまった)、そのごたごたですっかり忘れていた。

生ものだったら今日中に渡さなければならないだろう。
それに忍足先輩と怒鳴りあって散々暴れた跡部さんはちょっとすっきりした顔をしていたから、大丈夫だと思う。

そう思って跡部さんがいた方を見ると、居ない。あるのは跡部さんのテニスバッグのみ。
しまった、もう着替えて出て行ってしまったのか。

あわてて着替え、自分のと跡部さんのテニスバッグをひっつかんで部室を飛び出した。
コート横でまた明日、とかじゃあな、とかいう声にこたえながら走ると、ベンチあたりで街灯と夕日に照らされた跡部さんがたたずんでいるのが見える。

「おせぇぞ、樺地」
「・・・すいま、せんでした」

頭を下げると、跡部さんが鼻で笑った。
でもそれが跡部さんなりの返事だと理解している。
大して気にもとめず、カバンの中から先ほどの包みを取り出した。

「・・・これ」
「ん?どうした?」
「預かり、ました」

自分の武骨な手から、跡部さんのきれいな手に包みが渡る。
やっぱり跡部さんの手にこそふさわしいものだった。

「あーん?誰からだ?」
「・・自分の、クラスの、さんから、です」

跡部さんはシュルリとリボンを解いて、中から手紙を取り出した。
手紙も入っていたのか。
見ては失礼だと思い、後ろを向くと、背中に跡部さんから声がかかる。

「・・・・・・・おい、樺地」
「ウス?」

背中を向けたままで答えると、跡部さんがもう一度自分の名前を呼ぶ。
どうしたのかと振り返ると、おでこをたたかれた。
手紙で。

「?」
「これ、俺あてじゃねぇぜ」
「??」

首を傾ていると、跡部さんが手紙を差し出した。

「お前あてだ」

ニヤ、と跡部さんが笑った。
その顔と手紙を見比べても、どうしても意味がわからない。

自分宛の手紙?
あの包みの中に?
ありえない。
こんな自分に、跡部さんに比べて月とすっぽん以上に違う自分に、プレゼントを渡すなんて・・・

「・・・そ、れ」

小さな、蚊の鳴くような声が静かなベンチ横に響いた。
見ると、なぜかさんが立っている。

「それ、どうして跡部先輩が、持ってるの?」

震える声は、さっき会った時とはトーンがまるで違っていた。
『それ』とは、たぶん手紙のことで。

「・・っ!いらないんだったら、どうしてあの時断ってくれなかったの?!」
「・・ち」
「いらないからって他の人に渡すなんて、酷いよ!」

そう叫んで顔をあげたさんの目元は夕日の光に反射した何かが光っていた。
それをぐいと拭ったさんは、声をかける間もなく走っていく。

経験したことのない連続に呆然とそれを見送っていると、頭をはたかれた。
跡部さんに。

「樺地、これ俺宛てだって言われたのか?」

さんとのやり取りを思い出すが、よくよく考えても跡部さんの名前は出てこない。

「お前、俺宛てと勘違いしたんだろうが。これは正真正銘お前宛てのやつだ。」

手紙の宛名を見せられる。
そこには丁寧な字で『樺地崇弘様』と書かれていた。

「・・・おっかけろ、樺地。その顔を見る限り、ただのクラスメイトとは言わせねぇぜ」
「・・・・ウス」

跡部さんにウソはつけない。
そうだ、自分はたしかにさんのことを慕っている。
自分宛てだとわかって驚愕とともに襲ってきたのは紛れもなく嬉しさだった。

「追っかけてって、今の自分の気持ちを言ってこい。手紙の中を先に見ちまって悪いが、あいつ、今日お前と一緒に帰りたくて待ってたみたいだぜ」
「・・・でも」
「俺のお供は今日はいい。ついでに言うと」

跡部さんが腰に手をあてて、目を細めた。

「明日からもいらねぇ。意味、わかるな?」
「・・・ウス」

跡部さんから包みを受け取る。
そして代わりに跡部さんのテニスバッグを渡した。

追いかけて、今の自分の気持ちを言う。
それはとても難しいことのように思えたが、このままさんを泣かせたままにしておくのはいやだった。

テニスバッグを背負いなおした自分の背中に、跡部さんが一言告げた。
それならできそうだが、嫌がられたらどうしよう。
いや、そのまえに走らなければ。














小さな背中が見えた。
とぼとぼと歩いている彼女が振り返った時には、すでにもう追いついていた。
この氷帝の桜並木が長い一本道だったことに感謝したい。

「・・なん、で?」

彼女が鼻をすすると目じりの涙がポロリとこぼれた。
その姿がものすごく可愛らしく思える。
でもその前に、自分は言わなければならないことがあるのだ。

「・・・すいません、でした」
「っ!謝るくらいなら来ないでほし」
「嬉しかった、です」

さんの言葉を遮って言い切ると、彼女の眼がこれ以上ないぐらいに開かれた。
ぼろぼろとこぼれていた涙がぴたりとやんだ。

「嬉しかったです。これ、跡部さん宛て、と、間違えて。いただきます、ちゃんと、こんどこそ」

自分は口下手で、他の正レギュラーのようにカッコ良くもなくて。
それでも、彼女は自分に手紙をくれた。
手に持った、走ったせいで少し寄れていた手紙と包み。
それを見たさんの顔がふにゃりと歪む。

「私、樺地君が、いらないんだと思って。迷惑だったんじゃないかって思って」
「そんなこと、ないです」

走りながらこれは何かの手違いなんじゃないと何度も思ったが、あの小さな『樺地崇弘様』という字を信じてきたのだ。
どうやらそれは間違いではなかったようで小さく安堵していると、さんが自分の手から手紙と包みを取った。

・・・・間違いだったのだろうか

「改めて、渡します。・・・樺地崇弘君、受け取ってください」
「う、ウス」

なかなかに恥ずかしい。
もう跡部さん宛とかで慣れているはずなのに、自分宛だとこんなにも恥ずかしいものなのだろうか。
差し出されたそれを手に取り、さんの目線を受けて手紙を開いた。

そしてさらに赤くなってしまった。
沸騰しそうだ。ちょっとくらくらする。

そこには『一年の時から好きだった』『無口だけど、でもとてもやさしいところが好き』『今日よかったら一緒に帰ってくれないか』ということが書かれていた。
恥ずかしさが全身を駆け巡るが、それ以上に左胸ではじけたのは喜びで。

「一緒に帰ってくれますか?」

下を見ると、さんが自分の返事を待っていた。
その時、先ほどの跡部さんの言葉を思い出す。

「・・・手を」
「え?」
「手をつないで、一緒に、帰ってくれますか?」

断られたら、どうしよう。
だがそれは杞憂に終わった。

「うん!うん!喜んで!!」

さんが花が開いたように笑った。
それを見てまた赤くなるが、言ったことは守らなければならない。

左手を差し出すと、さんの右手が乗った。
小さな小さな、柔らかい、白い手。
壊さないようにそっと握る。

歩き出すと、さんが小走りになった。
速かったか、と歩をゆるめると、さんがありがとう、と言った。



握った手はずっと熱くて。
でも心地よくて、一生離したくないなんて考えてしまった。

この溢れ出して止まらない気持ちどうすればいいのだろうか。
明日跡部さんに相談しよう。















[END]








氷帝第四弾は樺地君でしたー。
需要がないと思われつつも、彼も立派な氷帝の一員だし!と思いまして。
書いてて思ったんですが、彼きっと容姿があれじゃなかったらすごい人気あったと思うんですけど…。
でもきっと彼は将来お見合いで素敵な小さい可愛い奥さんもらいそうな気がします。

御題はこちらでお借りしました↓
過酸化少年

けい

08,08,04