「お弁当?」
「うん・・駄目、かな」
「必要ない」
「あ・・うん・・・ごめん」

はうつむいて、自身のお弁当の中の卵焼きを一つ口にする。
咀嚼している間もうつむいたままで、日吉はため息をついた。
そのため息にはびくりと肩を震わせ、そしてあわてる。

「ご、ごめんね、うっとおしかったよね。もう言わないから」
「違う。そうじゃない」
「え、あ、・・・ごめん」

またうつむいてしまう
日吉はため息をつきそうになって、すんでのところで押さえ込んだ。


(また、やった・・・)












++









両親兄弟でこそ違うものの、自分は昔から言葉が足りないと言われていた。
それでも別にいいと思っていた。

その程度の付き合いの奴らに理解してもらおうなんてさらさら思っちゃいない。
だから理解してもらう努力なんてしたことがなかった。

それを後悔する日が来るなんて。


「はぁ・・・」
「どうしたんだよ、日吉」
「・・・鳳、か」

つぶやいて日吉はまた前を向いた。
普通ならここでむっとするものだが、鳳は元来の気質と気心の知れたクラブ仲間ということもあってさして気にも留めない。

「これ、跡部さんから。来月分の練習表」
「今月と何か変わりがあるのか?」
「跡部さんの彼女の誕生日は休みだって」

時々日吉は跡部について行っていいのか不安になる。

(・・・まぁどうせ下克上だ)

「で、どうしたんだよ。さんのことか?」
「なっ!」

なぜわかる、とまで日吉は口にしなかった。

鳳はいわずと知れたテニス部。
他の奴らと違い、テニス部の奴らは理解とかそういったことを超えていた。
かなり長い時間(それこそ家族と過ごすのと同等ぐらいの)時間を共有してきたせいかもしれない。
特に跡部さんのインサイトにかかれば言葉足らずも関係ないらしく、黙っていても答えはわかっているといわんばかりの笑みを浮かべる。(ちょっと不愉快だ)

「・・・お前には関係ない」
「まぁ話したくないならいいけど。彼女も一生懸命なんだからな。たまには優しい言葉でもかけてやれよ」

(・・・できるもんなら、やってるさ)

できないから悩んでいるというのに。

「・・・じゃあ、お前ならなんていうんだ」
「好きだよ、愛してる、ずっと傍にいて欲しい、あとは・・」
「・・・もういい」

聞いた自分が馬鹿らしくなった。
よくよく考えてみると、こいつはあの一つ上の先輩と氷帝史上最高のバカップルといわれているのだ。

日吉はまたため息をついた。





















「ねぇ、日吉の彼女、やめたら?」
「え・・・?」

日吉はドアにかけた手を下ろした。
教室内から、ドア一枚隔てて聞こえる声。これはと、その親友のもの。
忘れ物を取りに来た放課後だった。

「だってしょっちゅう落ち込んでるじゃない」
「・・・うん」

日吉はこぶしを握り締めた。
自分はいつも彼女を落ち込ませている。
その事実を、二人とは関係ない他人から言われてしまった。

怒りと悔しさと、そしてに対する申し訳ない気持ちがない交ぜになって日吉を襲う。

「お弁当、断られたんだって?」
「うん。いらない、って・・・」

(違う、そうじゃない。お前最近顔色悪いから、無理して欲しくなくて)

「練習見に行きたいって言うのも、断られたんでしょ?たしか」
「うん、邪魔だ、って」

(違う、ただお前がいると気になって、集中できなくて)

「・・・こんなこと言ったら、、怒るかもしれないけどさ」
「・・・」
「日吉のあんたに対する扱い、ひどいよ」

わかってる。
ただどうしていいのかわからないんだ。

大事にしたい。
守りたい。
が好きだ。誰にも渡したくない。

その自分が傷つけてるという事実に惑ってあせって。
そしてぐるぐる犬みたいに同じところを回ってる。

日吉は静かにその場を離れた。
忘れ物のノートなどもうどうでもよかった。

自分がを傷つけている、という事実をまざまざと、それも他人から突きつけられ、柄にもなく頭の中が白くなってしまった。
教室を離れたのは最後の理性の自己防衛だったのかもしれない。








「・・・でもね、好きなの」

そう照れたように、けれどはっきりとが言って、友達がため息をついて。
そんなやり取りがもう何回も繰り返されているなど、日吉は知る由もなかった。

















「どーしたんや、日吉」
「アイツ、なんか今日イラついてね?」
「せやなぁ」

今日の日吉は調子が悪い。
それはテニスコートにいる誰の目にも明らかだった。

「ダブルフォルト!」

サーブを二回ともネットにかけた日吉に、無常な審判の声が響く。

サーブが入らない。
簡単なミスをする。
挙句右へ左へ踊らされて体力の消耗も激しい。

最悪な試合っぷりに、日吉が一番苛立っていた。
その苛立ちがさらにミスへつながる。

「日吉、なんか調子悪そうだC〜。どうかしたの?」
「・・・黙って試合できないんですか」
「ま、手加減なんてしないけど」

試合相手のジローのリストが柔らかく揺れる。
日吉の飛び出したほうと反対方向に、ボールがすとんと落ちて小さく二三度跳ねた。

「ゲームセット!ウォンバイ芥川!6−4」

ふぁーと欠伸をしてそれを聞き流したジローの前で、日吉はコートに崩れた。
荒い息を吐きながら、切りそろえられた前髪の奥の目でジローをきっとにらみつける。

が、ジローには暖簾に腕押し。へらり、と笑ってラケットを軽く振った。

「また今度イライラしてないときにやろーぜー。今日の日吉、ちょっと弱すぎだCー」
「なっ!」

悔しさから気力で立ち上がった日吉に、陰が落ちた。

「いらついてりゃ、冷静さも失うぜ。ガキだって知ってんだろうよ。なぁ、樺地」
「ウス」
「・・・・跡部さん、今日は生徒会の方で仕事があると聞きましたけど」
「あーん?俺にかかりゃあんなもん仕事のうちにはいらねぇよ」

くっと広角をあげて皮肉げに笑ったのは間違いなく我が氷帝のテニス部部長。
今日は出来るなら会いたくなかった。

見ぬかれるから。

「・・・大方、女だろ」

(・・・始まった)

跡部の右手がその通った鼻筋に添えられる。
インサイト。相手の弱点を見抜く跡部の得意技。

ひいては心を読まれてしまうという、今の日吉にとってやっかいでならない技。

「・・・とか言ったか?あの女とうまく行ってねぇ、そうだろ?」
「・・・」
「ふん。黙りか、いいぜ。・・・にうまく言いたいことが伝わらねぇ、とかどうせそんなとこだろ」
「・・・」

唇をかみしめて、日吉はそっぽをむいた。
それを見た跡部はからからと笑って日吉の肩に手をおいた。

「図星かよ。まぁ、俺様のインサイトに見抜けねぇもんはねぇけどな」
「・・・外周行って来るんで、手、離してください」
「日吉」
「なんですか」

思わず見上げた日吉に、青い眼光が降りてきた。
その目に射られて、日吉は立ちすくむ。

「まず一つ、俺様のインサイトは俺にしか使えねぇ。おまえの女には到底無理な話だ。言わずにわかってもらおうなんて図々しいこと思うなよ」
「っ!そんなこと」
「あるぜ。気持ちがつたわらねぇからイライラしてんだろ。のくせに伝える努力もしてねぇ。お前は小学生のガキか」
「・・・・」

日吉は言い返すことが出来なかった。
確かにその通りだ。
自分は努力をしていない。
ただどうすればいいか悩むだけで、行動に移そうとはしなかった。

「お前には口がついてるだろ。・・・行って来い」
「・・・今ですか?」
「今直ぐだ。いっとくが女一つまともに管理できねぇようなやつにこの俺様の元にいる資格はねぇ。・・・なぁ、樺地」
「ウス」

心なしか樺地の表情がいつもと違う気がした。
軽く笑っているように見えたのは幻覚だろうか。

「ひよしー」

声の方を見ると、ネット際でジローがン、と手を出している。

「あずかっといてあげるー」
「・・・お願いします」

その手にラケットを託すと、日吉は走り出した。








!」
「え?!」

教室の引き戸を引き裂くように開けると、驚いた顔のとその友人がいた。
息を一つ吸って、日吉はゆっくりと友人に告げる。

「席、はずしてくれないか」
「・・・、いい?」

ただならぬ物を感じたのか、の顔をのぞき込んだ友人はがこくりと頷いたのを見て静かに日吉の横をすり抜けていった。
教室に入り、日吉は後ろ手にドアを閉める。
ぴしゃんと言う音が鳴り、続いて日吉の床を踏む音がやけに響く。

の机の前まで来た日吉は、ひとつ息を吐いた。
それに立ったままのはびくりと震える。

(あぁ、そうか。)

日吉に何か糸が見えた気がした。

「・・・
「なに、日吉君」

「俺がこれから言うことを、聞いてほしい」
「・・・うん」
「俺がため息をつくのは、別にお前にイライラしてるとか言うわけじゃなくて、もう癖みたいなもんで」
「あとお弁当必要ないっていったのも、最近お前の顔色が悪いからで」

そうだ。
こうやってひとつずつ。

「練習とか試合に来るなって言うのも、別に見に来てほしくないとか会いたくないわけじゃない。ただお前がいると集中できない。・・・・その、き、気になって」

最後は小声になってしまったけれど、が頷いたので多分聞こえているはず。
日吉は言葉を続けた。

「お弁当だって作ってきてほしいと思う。ただ、お前が無理してるんじゃないかって思って」
「・・・無理なんて、してないよ」

が小さく、でもよく通る声でいった。

「私、いつも日吉君に何かしてあげたいなぁっておもってる。だって日吉君、お家の道場の練習もテニス部のきつい練習もきちんとこなしてるのに、弱音も吐かないでがんばってるから、だから、私」

息が続かなくなったのか、そこでいったん言葉を切ったが小さく息を吸った。

「私、日吉君の・・・その、癒しっていうか安らぎって言うか。そういうものになりたいの。日吉君が無理しないでいられる人になりたいの」
「・・・

が日吉に一歩近づいた。
おずおずと日吉のジャージを握り、日吉より幾分か小さい身長でぐっと日吉を見上げた。
その目にはうっすらと涙がたまっているものの、その目に悲しみは映っていない。

「ため息をつかれた時ね、私、そいういう物から遠ざかる気がして、すごくそれが悲しくて、日吉君に申し訳なくて、それで落ちこんじゃって」
「・・・・悪かった。俺の言葉足らずだ」
「ううん。私もちゃんと言わなかったから」

日吉はジャージの袖での目元を拭ってやる。
くすぐったいのか、小さく笑うがたまらなくいとおしかった。
思わずひき寄せてぐっと抱きしめると、が小さく悲鳴を上げる。
だが日吉は腕を緩めることはせず、の肩に自身の頭を乗せた。

「・・・、なにかしたいこと、あるか?」
「したいこと?」

がつぶやく。その小さな声が耳に届くのが心地よかった。

「あぁ。今まで、我慢させてたみたいだからな」
「・・・だめだったら嫌って言ってね?」
「なんだ」
「あのね・・・・」









「食堂で一緒に食事って、可愛いなぁ、さん」
「お前が言うな」
「俺にはそれ以上に可愛い先輩がいるから」
「・・・もう黙ってろ」

次の日、鳳にとりあえず報告してみると、したり顔で奴は笑った。
やっぱり跡部さんにいろいろ吹き込んだのはこいつだ。
全く油断ならない。

だが今回だけは大目に見てやる。

「約束昼休みだろ?授業早く終わったけど、もうチャイム鳴るんじゃない?」
「わかってる」

日吉は立ち上がった。
手ぶらで出ていこうとする日吉の後ろ姿に、鳳は声をかけようとしてはた、と気がつく。

(・・・そうか)

クスクスと小さく笑う鳳に気付かず、日吉は食堂への道を急いだ。









「はい、これ、お弁当」
「・・・あぁ」
「はい、お箸」
「・・・いただきます」
「どうぞー」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お、美味しくない?不味い?」
「いや、いける」
「ほんと?!」
「あぁ。・・・ほら、食べて見ろ」
「え?」
「ほら」
「え、と、日吉君が手自らですか?」
「あぁ」
「あの、ここ、食堂・・・」
「嫌なのか?」
「・・・・嫌じゃ、ないです」
「じゃあ早く口を開けろ。箸から落ちるだろうが」
「あ、はい」
「・・・・・・・・どうだ」
「・・・わかんない」
「味覚がおかしいのか?」
「っ!む・・・じゃあ日吉君も!はい、あーん!」
「なっ!」
「いいでしょ?!自分だってやったんだから!」
「・・・お前、やけになってないか?」
「ここまではずかしかったらもう一緒だもん!はい、あーん!あーん!」
「俺はこっちをもらう」
「へ?・・ん、むぅ・・・・!」








「なぁ、岳人、日吉の奴、なんか変な方に振り切れてもうたんやろうか」
「え?なんて・・・・ってすげーすげー!見ろよ忍足!」
「見てるわ阿呆」

「日吉の奴











食堂でちゅーしてんぞ!」
















[END]





氷帝第二弾はきのこですー。
きのこはししどんと違ってはずかしんぼじゃないので相手が嫌がらない限りそっこら中でチューしてきそうです。
先輩たちにやーいやーいって言われてもさらりと返しそうです。
食べさせあいっこにはなりませんでしたが・・・まぁ口移しでごにょごによ。


御題はこちらでお借りしました↓
過酸化少年

けい

08,07,31