跡部と別れた。
+屋上で愛を叫べ+
「は?」
「だーかーらー。跡部と別れたの」
「え?ちょっ!今日エイプリルフール?!こんなに暑いのにエイプリルフール?!!」
「・・・おちついてよ」
ポッキー片手にわめきだした友人をなだめて、私はため息をついた。
喉の渇きを覚え、ジュルッと紙パックのジュースを飲む。
「正真正銘、跡部と別れたの」
「・・・なんでよ」
友人がそれでも信じられないといった顔でポッキーを折った。
少し落ち着いてきたようでちょっとほっとする。
「・・・飽きた、かな?」
「・・・、あんた」
「ん?」
顔を上げると、友人がわなないている。
そしてばっと顔を上げると私の肩をつかんでがくがくとゆすり出した。
「あ・ん・た!わかってんの?あの跡部様だよ?指ぱっちんでなんでもござれの跡部様だよ?!」
「その跡部様だよ」
「わざわざ告白してくれて!大事にしてもらって!何が不満なのよ!あんただって嬉しそうにしてたじゃん!」
「まぁ、ね」
そうだ。付き合った当初は跡部が好きだった。
もともといいな、と思っていたけれど、彼はみんなのシンボルでアイドルだったし、今度いいブロマイドでもあったら買ってみようか、という程度で。
そんなある日、跡部からの告白は突然で。
恐る恐る真偽を確かめると、跡部が
「俺はふざけてこんなことしねぇよ」
とその柳眉を潜めたものだから、緊張と喜びでおたおたしていた私はただ俯いて小さくよろしくお願いします、と言うしかできなかった。
懐かしい。
跡部は毎日愛を囁いてくれたし、いろんなところに連れて行っていろんな物を見せてくれた。
跡部との日々は楽しくて、幸せだった。
ただ、跡部はフランス料理だと気がついたのはそんな幸せなある日。
それも超がつくほど高級なやつ。
はじめこそ舌鼓を打つが、一週間一ヶ月三ヶ月と続くと和食が食べたくなる。
今回の私の“飽きた”発言はそれに似ていた。
それにしても、と友人が落ち着いてきたのか、ようやく私の肩から手を離した。
椅子に座りなおすと、おもむろに足を組んでポッキーに手を伸ばす。
「よくあの跡部がOK出したわね」
「返事とか聞いてない」
「は?」
友人の銜えていたポッキーが折れてチョコレートの半分が床に落ちた。もったいない。
「は?は?じゃあなんであんた別れたとか言ってんの」
「だって、昨日ちゃんとメールしたもん。別れましょう。さようなら、って」
「返事は?こないの?」
「着拒否した。メールも電話も」
「・・・(それ返事聞いてないんじゃなくて聞かないようにしてるんだよ)」
私は別れた彼氏とは接点を持たないようにしてる。
よく友達に戻ったりしてる人がいるけれど、私はそんなに器用じゃない。
好きだった人に感情がなくなって、それでまた友達の“好き”に戻れる気がしなかった。
一度卵焼きになった卵はもう二度と生卵には戻らない。
今までの別れた彼とも、もう完全に連絡を絶っている。
今回も、いつもどおりにしただけ。
「さーて」
「あんた馬鹿よ。絶対馬鹿よ。大馬鹿よ」
椅子を引いて立ち上がると、私は伸びをした。
首を二三回両回転させ、脇にかけてあったかばんを引っつかむ。
「じゃね」
「・・・?あんた、帰宅部でしょ?逃げないでちょっと座りなさいよ。あんたがどれだけ馬鹿か説明したげるわ!」
バンバンと机をたたく友人に、私は軽く笑ってかばんからピッと封筒を取り出す。
白い封筒には“様”と少し震えた字で黒々と書かれていた。
「残念でした。お呼び出しでーす」
「なっ!あんた、もう別の人見つけたの?!」
「まさか。付き合ってたときと同じ、いつもの奴よ。丁重にお断りしてくる」
まだそんな気になれないしね、と言って私は教室を出た。
後ろで友達が私の名前を叫ぶが、自分が馬鹿だなんて十分わかっている。
ただ、気持ちなんてどうしようもないじゃない。
跡部を付き合いだしてから、私は告白されることが増えた。
“跡部の彼女”というブランドはどの男子にも輝かしく映るらしく、“跡部の認めた女”が自分を選べば自分は跡部を超えられるという大きな勘違いをしてるみたいだ。
もう別れたのだが、この学校で知っているのは私とさっきの友達だけ。
“跡部の彼女効果”がまだ続いているらしい。
(・・・もう、別れたって広まったら、こんなこともなくなるのかなぁ・・・)
99%のわずらわしさと1%の優越感を味わっていた私は、それもいいか、と思う。
この呼び出しさえも、“フランス料理”だったから。
呼び出し場所はベタな裏庭。
遠目に見ると、ぽつんと人影が見える。
パタパタと走り出した私は、人影が認識できる大きさになってやっとそれが隣のクラスの池田君と知る。
手紙には話がある、と言うことと待っている場所、そして差出人のイニシャルしかなかったから。
足音に、彼が振り返る。
顔はこわばっていて、太ももの横では握りこぶしが震えていた。
(・・・純情、っぽい)
「ごめんね?えっと、池田君?」
一度も同じクラスいなったことのない人物の記憶はあいまいだ。
だが彼はそれを聞いても絶望した表情も訂正することもなかったから、本当に池田君なのだろう。
「来てくれて、ありがとう」
「ううん。待たせてごめんね」
「いや、いいんだ。・・・あ、あの、さん」
「はい」
「その、跡部と付き合っているのは知ってるんだ」
「はぁ」
(別れたけど)
私はあえてそれを口にしなかった。
また話がややこしくなるし。
「でも俺、さんが好きで。跡部と付き合いだしたって聞いても、諦められなくて」
「はい」
「無理を承知で言います、俺とつきあ」
『おいそこの男子生徒。今すぐから離れろ』
池田君と二人そろってびくりと肩を震わせる。
突然の声。放送用スピーカーから飛び出したそれはやたらと大きい。
(・・・聞いたこと、あるような・・・)
まさか。彼は今部活か生徒会室で忙しく働いているはずだ。
あわてて周りを見回すが、どこにも誰もいない。
『さっさと離れろ。二メートル以上だ』
あ、と池田君が声を上げる。
校舎の屋上を見上げている池田君はあんぐりと口をあけていた。
――――上?!
そのとき彼はどんどんと青ざめていっていたのだが、私はそれより何より声の主を明らかにすることのほうが先決だった。
見上げると、やっぱり、で。
『離れろつってんだよ。宇宙の果てまで引きずっていってやろうか』
栗色の髪をさらさらと揺らしながら、ジャージ姿で口元のヘッドマイク(舞台とかで使うようなやつ)を軽くつかんでこちらを見下ろしているのは。
間違いなく、昨日別れた彼氏こと跡部景吾だった。
後ろには樺地君も見える。
彼はまたしても跡部にこき使われているようで、何か大きな機械を持たされていた。
その機械がどうやら跡部のヘッドマイクと校内のスピーカの中継を果たしているらしい。
『さっさとは・な・れ・ろ!』
イライラの頂点に達した声を聞いたとき、ビクッとおびえた池田君が後ろに飛んだ。
そして
「じゃ、じゃあさん!」
「はい?」
「さようなら!」
言い捨てて、池田君はぴゅーと走っていってしまった。
(・・・告白はどうした)
大体跡部におびえるぐらいなら告白してくるなよ。
『おい、』
池田君を見送っていた私は顔を上げた。
跡部がこちらを青い目で見下ろしている。
昨日別れた元彼は涼しい顔だった。あちらにも未練はないらしい。
じゃあなんで突然彼は現れたのだろう。
あのおそろいのストラップを目の前でちぎって捨てるつもりだったりして。
(・・・自分で想像してへこむなよ)
悲しいと感じてしまった自分を殴りたい気持ちで、は大声を上げた。
「なーにー?!」
こちらにはマイクはないのだ。
おなかに力を入れて精一杯叫ぶと、返事が返ってきた。
『愛してる』
ささやくようなそれはマイクを通しているせいで耳に、体にダイレクトに響いてきた。
瞬間、体が震える。じんじんする。びっくりした。
どうしようもなく思考が跡部で染まった。
『愛してる。だから、俺の腕の中に戻って来い』
「な、に・・?」
『あーん?聞こえねぇぜ。はっきりといわねぇと肯定の返事ととるぞ』
「だって、別れた、じゃん。」
『聞こえねぇっつてんだろ。口もごもごさせたってわかんねぇよ』
・・・・・・・・・なによ。
私はあんたに飽きたのよ。
なのに。
『』
跡部が追い討ちをかける。
いつも呼ばれていた名前のはずなのに。
いつもささやかれていたはずなのに。
こんなシチュエーションってだけでどきどきしている私は、意外に乙女だったのかもしれない。
「・・・跡部!!」
悔しいけど、胸がときめく。
なんて、少女マンガみたい。
「私を飽きさせない自信、ある?!」
『あったりまえだろ』
にやり、と言う効果音が聞こえてきそうだ。
パチンと跡部が指を鳴らすと、樺地がごそごそしだした。
何だろう、と思っていると。
「ば、薔薇?!」
あわててキャッチすると、それはむせ返るような香りのする大輪の薔薇の花束だった。
『それ見てちょっと待っとけ。すぐ行くからな』
ばさり、とジャージを翻して跡部が屋上の向こうに消えていった。
落ちてきた薔薇の花束は100本はゆうにあるだろう。重い。
後から聞いた話によると、跡部は友達に呼び出しの事を聞いてあわてて来たらしい。(今日は一日テニス部の仕事や生徒会の仕事でてんてこ舞いできたくてもこれなかったんだと、なぜか友達に言い訳をしていた)
なんだかマイクまで持って余裕かましてたみたいに見えるけど、あれはあれで焦っていたそうだ。
そしてこの校内放送で学園の三分の二の女子が目をハートにして倒れたらしい。哀れ。
来週の水曜日、私は跡部と放課後に約束をしている。
おいしい和食の店につれていってくれるのだそうだ。
[END]
氷帝祭ラストは氷のキングでした。
結局は倦怠期だった、と言うことで。
ではでは、長期にわたる祭りにお付き合いくださりありがとうございました!!
御題はこちらでお借りしました↓
過酸化少年
けい
08,11,14 |