朝の始業前。
それぞれの生徒が朝のあいさつを交わしあい、友人と朝のおしゃべりに花を咲かせている、その時だった。
「ーーーーー!!!」
叫びながら飛び込んでくる男子が一人。
「!!!!あれ?は??!!」
ふわふわした髪をふわっと浮かせて、その少年はきょろきょろと周りを見回す。
が、お目当てのものは見つからない。
「??!」
「あ、あの、たぶん、テニス部の朝練だと思うんだけど・・・」
見かねた女生徒が一人、進み出てそれを告げると、少年は小さく首をかしげた。
「今日?水曜日だから朝練なしの日だよ」
「え?でも今週末練習試合だからって、さんが」
「あ」
間抜けな声を出し、少年は固まる。
そしてはっとして駆けだした。
「ありがとねー!!!」
振り返り、ぶんぶんと手を振りながら机を縫って少年は駆けていく。
+先生に呆れられろ+
コートが見えてきた。
テニスボールの小気味よい音が響く。
せわしなく動く水色と白のジャージの中に一人だけ、紺のジャージを着ている少女を慈郎はとらえた。
ボールでいっぱいのかごをえっせえっせと倉庫に運んでいるその姿を間違えるはずがない。
「ーーー!!!」
「あ!ジロちゃん!どこで何やってたの?!」
「朝練忘れてたー」
駆け寄っててへへと笑うと、こつんとおでこをたたかれた。
慈郎がしかめっ面でおでこに手をやると、が眉をハの字にゆがめる。
「心配したじゃない。最近珍しくいつも来てたのに朝見たら、いないし、ずっと待っても、来なかったし・・・」
「うん・・・ごめんね」
慈郎がほっぺたにチュッと口付けを落とすと、はすぐに真っ赤になった。
それがかわいくて意味もなくの顔中にキスを降らせる。
「や、ちょっ!ジロちゃん!もう〜〜〜!!」
「かわいいCー!」
「ジロちゃんてば!」
グイッと慈郎の胸を押すと、慈郎はようやくから離れた。
・・・と思った。
「・・・嫌なの?」
「はい?」
「俺にちゅうされるの、そんなに嫌?」
うるうると瞳を潤ませて、うつむく慈郎はさながら主人に叱られた子犬のよう。
垂れた耳としっぽの幻覚が見えたは自身より少し高い位置に手をのばし、そっと頭をなでた。
「い、いやじゃないの」
「じゃあなんで拒否ったの?」
「なんでって・・・恥ずかしいから」
「俺のちゅうより恥ずかしい方とるの?は」
うっとは詰まる。
正直も慈郎とキスするのは好きだ。
不意打ちで軽くというのが多いが、した後はとても幸せな気分になれるし、愛されてるな、と思えるから。
でもその不意打ちがくせもの。
慈郎は思い立ったら吉日とばかりに、ところかまわず抱き着き顔を寄せる。
「す、好きだよ?好きなんだけどね、ちょっと人前は、やなの。」
「なんで?」
「恥ずかしいんだって」
「は俺とちゅうするのより恥ずかしいとかそういうのとるんだ…」
「違うってば!!」
「いいよ、もう。いいよ。は俺が一番じゃないんだね。俺はが一番なのに」
しょげたままプイっと横を向いてしまった慈郎。
それを見たはあわてる。
「私もジロちゃんが一番だよ!!!」
「・・・嘘だ。だってちゅう嫌がるもん」
「ごめんね。だから機嫌なおして」
「・・・ちゅうして」
「へ?」
「ちゅうしてくれたら、許してあげる」
満面の笑みで振り返る慈郎。
は慈郎の言葉を理解してパニックになった。
「え?こ、ここで?!」
「うん。ここで。今すぐ」
「だだだだだって、ここ、コートの真ん中だよ?」
「うん。して」
「えぇ・・・?」
「・・・嫌だったら」
「い、いやじゃないから!する!します!します!」
「よし」
ニッコリ笑って、慈郎は眼を閉じた。
はごくりと唾を飲み込み、そっと慈郎の肩に手をかける。
「ちょっとかがんで、くれる?」
「はーい」
機嫌良く答え、慈郎は少し頭を下げた。
唇の位置を確認し、は顔を傾け、慈郎に近づけていく。
「ん」
「・・・これでいい?」
「・・・一瞬じゃん。もっと長くて濃いのがよかったCー!」
「む、無理だよ。これ、精一杯だよ・・」
まだこれで足りないといわれ、は泣きそうになる。
これ以上なんて、無理だ。
うつむいてしまったに、慈郎は少し考えたのち、名案を思いつく。
「んとね、じゃあさ、今日はこれでいいよ。そんかわり今週の練習試合勝ったら・・・」
「・・・勝ったら?」
は嫌な予感がした。
恐る恐る顔をあげると、太陽のように明るく笑う慈郎が目に入る。
「濃いのしてね?」
可愛らしい顔をしてなんてことを言うのだ。
「む、無理だってば!」
「なんでだよー!!勝ったらだよ?負けるかもしれないじゃん。だからうんって言ってよ」
「っ!!!ジロちゃんが負けるわけないじゃない!」
思わずはそう叫んだ。
慈郎が負けるはずない。
どこまでもテニスを楽しみ、愛している彼が、そう簡単に負けるわけがない。
ましてや今度の練習試合の相手は関東大会どまりの学校だ。
いや、それを差し引いても、慈郎が負けるはずがない。
はそう信じている。
「ジロちゃんが負けるはず、ないよ」
「・・・」
「全国、行くんでしょ?みんなで」
「・・・!俺みたいな子が彼女でとっても幸せだCー!!」
がばっと慈郎がに抱き着いた。
はよろめくも、何とかとどまるとその背に手を回す。
そんな風に言ってもらえて、は嬉しかった。
でも私だって。
「私も、ジロちゃんみたいな素敵な彼氏がいて嬉しいよ」
「・・・」
いい雰囲気になってきた二人。
しかし・・・
「芥川、」
低い声が二人の世界にひびを入れる。
が慈郎に抱き着かれたまま振り返ると、そこには体育課の先生が立っていた。
「え?!せ、先生?!」
「お前ら、仲がいいのは結構だがな、もう本鈴も鳴ったぞ」
「えぇっ?!」
「・・・気付かなかったのか?」
全然気がつかなかった。
は青くなる。
先生の後ろを見てみると、テニスコートにはあの白と水色のジャージではなく一般生徒が着用する紺色のジャージが広がっていた。
今の今まで全部見られていたのだろうか。
いやそれ以前に、なぜ跡部たちは黙っていってしまったのだろうか。
「あ、あの、あの!!」
「・・・とりあえず、二人とも離れなさい」
「はははははい!!」
があわてて慈郎の胸を押すが、慈郎はびくともしないどころか腕の力を強めた。
「いやだCー!」
「ちょっ!ジロちゃん、離れて!!!」
「せんせーといえども俺との中を邪魔するなんて許さないかんね!」
「もう願いだから離してよー!!」
「やだやだ。・・・次の試合、勝ったらちゅうしてくれる?濃いの」
「するする!するから!!」
「よし、約束!」
「・・・・・あ」
はあんぐりと口をあける。
慈郎は気にも留めず、の手を取って無理やり小指を絡ませた。
「指切りげんまん!嘘ついたらもう一回ちゅうね!」
「・・・・」
もういいや。
がそう思ったと同時はっと思いだす。
そうだ、先生が。
「・・・もういいから、おまえら」
「す、すみません!!」
はあわてて頭を下げる。
先生は何かを吸い取られたような顔でため息をついていた。
「とりあえず、あっちいってくれるか?授業ができん」
「すみませんすみません!!」
「もう、わかったから。・・・芥川連れて行けよ」
「はい!すみません!ほんっとーにすみません!!!!」
頭をペコペコ下げ、は慈郎を引きずり校舎に向かう。
校舎の時計を見ると、時間は始業時間を10分過ぎていた。
どうして跡部たちは声をかけてくれなかったんだろう。
恨めしく思いながらは慈郎をベンチに座らせた。
「私は着替えてから授業行くから。ジロちゃんは先教室いっててね」
「んー。待ってる」
「でも」
「待ちたいんだ、俺」
にっと笑う慈郎にキュンとする。
あぁ、やっぱり私って慈郎に勝てないな。
はじゃあ待ってて、と声をかけて更衣室に向かう。
さっさと着替えないと彼はあそこで寝てしまうだろう。
そんな慈郎も、かわいいんだけどな。
そんなことを考えながら、は小走りに駆けて行った。
[END]
氷帝第七弾はジロちゃん!
なんかジロちゃんは無邪気に押してきそう。
そして自分の武器を心得てそう。
跡部たちが黙って去っていったのはこんなこと日常茶飯事な上「けっ!やってられっかよ」な状態だからです。
御題はこちらでお借りしました↓
過酸化少年
けい
08,08,20 |