襖の外でバタバタと忙しない音がして、続いて可愛らしいトトトと言う小さな足音が大きくなる。
パンととふすまを開けて顔を覗かせたのは、私付きの禿(かむろ)の八重だった。


「姉さん!おいでなすったよ!」

「・・・・うん」

窓際にもたれかかり、外を見ていた私は八重に向かって頷いた。


月を乱反射しきらめく重い簪。
立ち上がると、それらがしゃらんと冷えた音を鳴らす。

重い着物を引きずって、私は部屋を出た。


向かうはいつものお座敷。
『彼』はいつもそこで待っている。

その煙草をもつ姿を思い出して、私は頬を染める。
それをごまかすように慌てて八重に向かって諭すように人差指を出す。

「あ、おいでなすったじゃなくて『いらっしゃった』、よ」
「あいよー!」

前歯の抜けた愛嬌のある笑顔で、八重はにかっと笑った。












+いつか夢見た+














「小花です」
「あぁ」

小花というのは私の源氏名。
本名であるとは別に、遊女として紅を塗られた時にそう名付けられた。


返事に、先導していた八重がすっと襖を開ける。
ゆっくりと私は座敷に足を踏み入れた。


彼は、いた。
黒の硬質な上着をそこらにほっぽり、立てひざで煙草をふかしている。
それは彼のいつもの姿で。


「土方の旦那。あちきはこれで失礼しまっせ」
「あぁ。ガキはとっとと消えな」
追い払うようにしっしと手を振る土方。

「へぇへぇ」
分かってますよとにかっと笑って、八重はまた静かに襖を閉じた。






パタン、という音が座敷に響いた。
襖の前に立ったままの私。
ふわふわとそこらを舞う煙だけが、唯一動きのあるものとして目に映る。



ふう、と。



土方さんが煙を吐き出した。



本名を呼ばれ、動揺を隠す努力をしながら、私はするすると土方さんに寄る。
そして簪が落ちないように、ゆっくりと座った。

それに土方さんはにやりと笑って、私の頭に手を伸ばす。
そして重い簪をぞんざいに次から次へと抜き取っていく。
はらはらと私の髪が落ちていく。

私は抵抗もせず、頭が軽くなっていくのを感じながら土方さんをみていた。


「った!」
髪が一筋引っ張られる感覚に、私は声を上げた。

「・・・わりぃ」
「・・・・・もうちょっと優しくしてください」

「わあってるわあってる」
膨らませた私の頬をぺしぺしと手の甲で軽く触れて、土方さんはまた簪抜きを続行する。
その手つきは先ほどと大して変わりない。

「・・・・私の頭が禿げたらどうしてくれるんですか」
「いい鬘屋を紹介してやるよ。近藤さんも最近生え際気にしてんだ。調度良い」
「・・・・もう!!!」

頭の異物感がなくなったと同時に顔を上げると、土方さんはカカカと笑った。
そして私の着物に手をかける。
幾重にも重ねられた、それらを一枚一枚はがしていく。

「・・・いつも思うが」
「なんですか?」

土方さんが脱がせやすいように腕を動かした私は首をかしげた。

「たまねぎみたいだな」
「・・・失礼ですね」

この何千両するものをたまねぎの皮呼ばわりする土方さんを、私は目でねめつけてみる。
しかし真撰組の鬼と恐れられるこの人にとってそれは何の効果も示さない。

あらかた脱がせ、あと二枚というところで土方さんはいつものように手を止めた。
そしてぎゅっと煙草を愛用のポケット灰皿に押し付けると、手を差し出した。

「こい、
「・・・はい」

返事をして手をのせる。
ぐいと乱暴に引き寄せられ、私は土方さんの腕の中に落ちた。

強く抱きしめられる。
頭を私の首筋に押し付け、それきり、土方さんは動かなかった。





いつもの、状態。






ここは遊郭だ。
本来ならば、このまま布団に直行するものだ。
私たち遊女はそのためにいる。

でも土方さんは一度も『そういうこと』をしない。






はじめて上がった座敷は真撰組のものだった。
先輩遊女の後ろで静かにデビューした私は、あとで別の座敷に呼ばれた。

そこにはただ一人、副長の土方さんがいた。
私はかすかに驚いたものの、遣り手婆に

「ご贔屓筋になるように、しっかりやんな」

と耳打ちされていたから、緊張しながらも覚悟を決めて布団の上に座ったのだ。
すると土方さんは歩み寄って簪や着物を脱がせた後、自身の上着も脱いだ。


売られてきた時から、分かっていた。
16、7になれば、遊女として生きる事。
そして初めてついた客に、もっていかれるものも。

それはいつも言い聞かされてきたこと。

若いだけましだ。
それにこの人は不細工じゃない。

必死に自分に弁明していた自分が、今考えれば滑稽に思える。



そう。


土方さんは私を抱きしめたきり、押し倒そうとも口付けをしようともしなかった。

ただぎゅっと抱きしめたまま。
時には話をし、時にはそのまま眠りこけ、時にはただ黙って。
そうやって私を買った時間をすごした。

私は今まで土方さん以外の客を取ったことがない。
太夫でもない私には客を選ぶ権利など無く、格子越しに気に入られればそのまま床を共にするものだと教えられてきたのに。

しかし私が知っている客と言えば土方さんだけで。
八重がぺらぺらしゃべってくれたことによると、私が客を取らないようにやり手婆に金を握らせているそうだ。

それを聞いたとき、私はたまらなく嬉しくなった。

気が付けば土方さんが来るのを指折り数えていた。
土方さんに抱きしめられている間中、沸騰しそうなほど熱を帯びるようになっていた。


気が付けば、好きになっていた。









頬に当たるさらさらの黒髪に、私はばれないように頬をすり寄せた。
微かに香る煙草の香りに何故か軽く笑ってしまう。
と、土方さんが頭を動かして片目をこちらに覗かせた。

「何が楽しいんだ?」
「い、いえ、なんでもありませんけど・・・・そうだ、土方さん」
「あ?」

至近距離で交わされるこの何気ない会話がどれだけ嬉しいか、この人は知っているのだろうか。

「なんでいつも簪とかとるんですか?」

ただ抱きしめるだけならそんな行動必要ないだろうに。

「何でそんなこと聞く?」
「え?いや、だって別に床に入るわけじゃないの・・・に」
言ってから私は頬に朱を走らせた。
失言だと気がついた時には遅かった。

まるで私が期待してるみたいじゃ…!

「・・・なんだよ。、期待してんのか?」
くっと喉で笑う声が耳に響いて、さらに恥ずかしくなる。

「し、してません!私はこの状態で十分です!」
必死にそう言うと、土方さんはぷつりと会話を止めて、また私の肩にもぐりこんだ。

あの切れ長の目が見えなくなった。
何か悪いことを言っただろうか。
彼を怒らせたんだろうか。

「あの、土方さん・・・?」
「もうすぐ」

目をあわせず、肩口で土方さんは言う。

「もうすぐ、給料日だ。特別手当てもでる」
「?は、はぁ」
「それまで待ってろ」

給料日が何なんだろう。
何かくれるのだろうか。

そんなものいらないから、出来るだけ多く会いにきてほしい。

「土方さん」
「あ?」
「私、なにもいりません。欲しくありません。だから・・・・」


好きです。


「もっと会いたいです」

呟くように言うと、土方さんはガバッと顔を上げた。
その目は信じられないと言うかのように見開かれていて。

「お前…」
「は、はい?」

突然の土方の表情の理由が分からない。
自分で恥かしいことを言ったのは分かっているが、驚かれるようなことだろうか。
てっきりまたからかわれるかと思ったのに。

分からないから赤い顔でただ土方さんを見ていると、土方さんは突然笑い出した。

それはもう豪快に。
店中に響くぐらいに、大きく。

そしてぐっと私を引き寄せて、今までにないぐらい、苦しいぐらいに抱きしめてはっきりとこう言った。

「今に四六時中会えるようになるぜ」

そう言った土方さんの声色は、嬉しそうで。
言葉の意味は分からないものの、つられて嬉しくなったのだ。











「姉さん!小花姉さん!」
「八重。もっと静かに!」
「それどころじゃないってんだ!身請けされたんだよ!」
「へぇ。どの先輩?」
「先輩じゃないよ!」
「じゃあもしかして禿の誰か?」
「違う違う!」
「・・・じゃあ誰なの。もったいぶってないで教えなさいよ」
「小花姉さんだよ!土方の旦那が今日話をつけに来たんだ!」
「・・・・・は?」
「三日後に祝宴開いて、小花姉さんを身請けしたいんだって!そしてゆくゆくは嫁にするって!」
「…嘘」




「嘘じゃねぇよ」







いつもの彼は、やっぱり煙草をふかしていたけれど、襖にもたれかかって立っていて。
彼が迎えに来てくれたのは、当然ながら初めてで。





「・・・・・・・土方さん?」
「他に誰か居るか?」


涙でよく見えなかったけれど、しっかりと抱きついたのは絶対私の好きな人。

だってこの感触も、この匂いのすべてそうだもの。










「言っただろうが。四六時中、ってな」









〔END〕


えっと、ある方に触発されて書きました、初銀魂夢、初土方夢です。
前々から遊女という仕事には文学的にも風俗的にも興味があって、書いていて楽しかったですv
ただやはり勉強不足で間違っているところがありましたら、銀魂は仮想江戸時代だから!ということでご勘弁ください(汗)

また銀魂で誰かかいてみたいです!




けい

06,11,23