シロツメクサの咲く野原。



白いふんわりした花と瑞々しい緑に包まれ、大きな空の見守るその場所で。



「好きだよ」



言った途端、口をぽっかり開けて、その切れ長の目を精一杯見開くものだから、私は同じくらいの小さな紅葉のような手を握ってもう一回言ってやった。



「ユウちゃんが好き」

はにかむ様に、私はそのさらさらの黒髪に作りたての花冠を乗せた。














「で、走って逃げられた、と?」

「イェス!!」
親指をぐっと立てたに、アレンは苦笑いを浮かべるしかなかった。



失恋の話をなんとまぁ明るく語るものだ。



「で、そのあと神田は?」

「音沙汰なし・・って言うか、この10年間避けられまくっちゃってさ。私が米粒程度でも見えようものなら爆走して逃げていくの」
はテーブルのグラスを手に取り、ストローからチューッとジュースをすすった。

「神田がねぇ・・」


10年も逃げ回るとはすごい根性と忍耐と精神力と体力だ。


「なんかさー昔はさーよく一緒に遊んでくれてたのにさー」

ぶつぶついいながらはグラスの氷をストローで回す。
今の話からすると、も米粒程度の神田を見つけている、ということだが、アレンはそれを口に出さない。

「きっと両思いだと思って告白したら逃げられたのよ?女の私の立場はどうなんの?ってもんよ、まったく」

はぁ、とため息をつく
その姿に、アレンはピコーンと見えないアンテナを立てる。

「・・・さん」
が顔を上げる。

と、背中にバラでもしょってるかのように見えるアレンが微笑んでいた。
その姿はまさにジェントルマン。

「僕だったら、女性に恥かかせる様なこと、しないのに・・・」

キラキラキラ、と擬音がの頭の中で響く。
そしてグラスを握っていた手をすっと両手で持ち上げられた。

さん・・」

いつものアレンなら、ここで確実に落とす、が。



「あー駄目だよアレン君。私、グラス持ってたから濡れてるよ。手袋台無し」

ぺっと手を振り払われた。

「あぁほら、染みになっちゃってる。まぁ水だからすぐ乾くと思うけど・・」

(・・・・・なんて鈍感なんだ)

アレンは呆然としつつも、ポーカーフェイスをはがさず、その手袋をはずした。

取り立てて美人というわけではないが、可愛らしい
入団した時紹介されて以来狙っていたアレンだが、これだけ鈍感では手の出しようがない。

「乾かそうか?」

ドライヤーあるし、と
アレンは大丈夫ですよ、といいつつ、ふと神田のことを思った。

もしや神田も、この鈍感さの所為でそういうことになってるんじゃないだろうか、と。

(・・・・・ふぅ)







「ふんふふーん」

鼻歌を歌いながらは廊下を進む。

(やっぱりリナリーのお菓子は美味しいなぁ)

そう。
つい今しがた、リナリーの手作りお菓子をリナリーの部屋で頂いて来た所なのだ。



「ふんふふーんふふふふーん」
「・・・おい」



「ん?」











は声をかけられて振り返った。
そこで目を見開く。





「ユ、ユユユユユウちゃ、ちゃん・・・・か神田ユ、ユユユユ」

下の名前で呼ばれるのを嫌う、ということを風のうわさで耳にした。

が、何せ10年来話していない所為で、小さい頃の愛称で呼べばいいのかそれとも苗字で呼べばいいのか分からない。

「・・・俺は・・別に」

「は、はい?」

目の前に降って沸いた存在に、はどう反応してよいか分からずパニくる。
声も、姿も、10年前とは全然違うが、かすかにその面影を残していて、は心臓が早打つのを感じた。

その神田もまた、顔を真っ赤にしている。

怒っているのか照れているのか。

「べっ!べつに・・」

「はい?」

「・・・・っ!やる!」



突然叫んだ神田。

それと共には頭に軽く違和感を覚え、そっと頭に手をやる。

両手を沿えて目の前に下ろしてみると、それはシロツメクサの冠だった。
の得意だったそれは、ところどころいびつで。

「ユ、ユウ・ちゃん・・・・が、作ったの?」

ユウ、と呼んで少し様子を伺うも、神田はかたくなってうつむいているだけ。
作ったの?と尋ねたところで、こくりと頷いた。

「・・・お前と違って、上手くねぇけど」

ぼそりと呟く神田に、それでも何とかは頷いた。

「・・・あ・・・あ、ああ、ありがととう」

顔を上げると、神田は顔を真っ赤にしていた。

眉はつりあがっていて、本当に怒っているのかなんなのかわからない。

すると突然くるりと神田は背を向けてばびゅんと走っていってしまった。





「な、なんだったの・・・」

豆粒になってミクロになって消えて行ってしまった神田を見送って、は思わず呟いた。

10年ぶりだったのだ。
そう、10年ぶり。


まだ心臓は早鐘を打っている。
は心臓のあたりを握り締め、そして片手に持った冠を見た。

「・・・・・あれ」

冠に、一つ。

主張するようにさしてあるもの。


それを抜き取ってくるりと茎を回す。


四葉のクローバーだった。


は顔を綻ばす。







神田に、もう一回話しかけてみよう、友達になってって言ってみよう。





そう決心して、は廊下を駆け出した。





シロツメクサの冠を作るために。

あの時から、またはじめるために。









四葉のクローバーもさして。

「まっててユウちゃん!」











「僕って良い人だなぁ・・」
神田の部屋から帰る途中のアレンは一人呟いた。


ティムキャンピーがボスッとアレンの頭にうずまる。

「・・・可愛い子は、他にもいるよ」
負け惜しみだということは、アレンが一番よく知っていた。






[END]



神田はヒロインちゃん好きですよ。
照れてるんですよ。


けい

06,05,17