しさ




響く大声。
それはもう、怒鳴り声に近い。
自身の店の商品が少しでも目を引くようにと、店の店主がもうなれた太い声で値段を叫ぶ。
人でごった返しているバザールの一角。


は必死に目の前の黒髪を追いかける。
「ちょっと、神田!」

「・・・・」
多分聞こえていない。

このにぎやかさ、の声など、人で邪魔されて神田の耳まで届くわけがなかった。
目の前の人物は、艶やかな長い黒髪をゆらしながらの声にかまわずどんどん進む。

が、小さなからすると、人ごみで思うように進むのは至難の技。

「神田ってば!」
人の波におぼれそうになりながらも何とか声を発す。
その背中は、突然横から流れてきた恰幅のいいおばちゃんで半分も見えなくなってしまった。

「うぅ・・・」

は弱った。
このままでは完全に神田を見失ってしまう。
が、声も届かない。
初めて訪れたバザールで、神田と二人でちょっと嬉しいなvとか思ってたのに・・・。






「バザール?」
「うん。明日あるらしいの。ね?ちょっと行こう?」
「・・何故俺を誘う?」
「一人じゃつまんない」

「・・・」
神田はあごに手を当てて目を伏せた。
考え事をするときの神田の癖。

ここは宿。
と神田は任務を無事終え、黒の教団へ帰る途中。
任務先と黒の教団の中継地点のこの町で、明日、週に一度のバザールが開かれると聞き、は神田を誘いに来たのだった。

「コムイさんもね、急ぎの用もないから半日ぐらいなら・・って」

考えてる時でも、神田はかっこいいなぁ・・とか考える自分は完全な神田馬鹿だ。




でもかっこいいもんなぁ
「・・・ちょっとだけだぞ」
「え?」
神田に見ほれてたは聞き返す。

「ちょっとだけならな」
無表情でも、その言葉は確かにの欲しかったもの。

「・・・うん!」
多分今自分は思いっきりふにゃふにゃの笑顔だろうな、とは思いつつ、その顔を元に戻すことが出来なかった。








「う・・ぅ」
泣きたくなってしまった。
人が押す、押す。
流されそうになるが、それでも何とか神田に追いつこうと足を踏ん張る。

神田のあの高い位置で結わえられた黒髪が見えなくなってしまった。

「どうしよう・・」
とりあえず進むものの、もうあの目印は見えてこない。


せっかくなのに

せっかく神田と二人で・・・・


「うぅ・・・神田ぁ」
涙があふれてきた。

「おいこら」
「?」
声に顔を上げると、目の前にいたのは探していたその人。
ぐいとの手首をつかんで、有無を言わさず横道に引っ張っていく。

横道は大通りと違い、人に流されることもない。


そこまで引っ張ってきて、神田はを見下ろした。
その瞳は、軽く怒っているように思える。

「何をちょろちょろしてるんだよ、お前。見えなくなって心配しただろうが」
「だ、だって神田、足速くて、追いつけなくて・・」
またさっきの余韻か、安心感からか、ぼろぼろと涙が出てきた。

「・・・・泣くほどの事じゃないだろうが」
神田は少しかがんでの目元を細い指でぬぐった。

その手での頭をぽんぽんとなでる。
「な?ほら、今度はちゃんとゆっくり歩いてやるから」
「・・・・ごめん」
「なんで謝る」
「私が歩くの、遅いから・・」
「かまわねぇよ」
見上げると、神田は薄く笑っていた。

そして手を差し出す。
「?」
「手、貸せ」
言われたとおりその手の上に自分の手を乗せる。
と、神田はぎゅっと握って大通りへ向かって歩き出す。


「え?」
「こうしてりゃ大丈夫だろ?」
神田の手のひらは少し冷たい。

でも、どこか温かで。




怒声が近くなる。
影じゃなくなり、日の光が直撃する。
砂埃が鼻をつく。

でも今のにとって、ここはお花畑に等しい。

(幸せすぎて死にそう・・・)
横でつながれた自分の手を見下ろす。
多分きっと、いや、絶対自分は今デレデレしている。
そう思う



しかして、神田も同じ状態。
(・・・なんだよこいつ)

先ほどの泣いた顔、神田を見た時の安堵の表情。
そして今の嬉しそうな顔。

どれも神田の動機を激しくした。

もう一度見たい

ちらと傍らのを見やる。
はニコニコしている。


もう一回迷子にしてやろうか


そうふと考えて、神田はあわててその考えを消した。


この手を離そうとは思わない。

否、絶対離すものか、と。




[END]


微妙。激しく微妙。
神田に手を握られたら私卒倒するかも。


けい

05,08,19