真っ暗な沼の中に神田が沈んでいく。
ただ手もとの花びらを見つめて、神田は沈んでいく。

はのどが千切れる位叫ぶ。
しかし音のすべては無明の闇に消えていく。

叫んで、叫んだ。

神田はどんどん沈んでいく。
とっぷりとした闇に沈んでいく。
手もとの花びらを見つめたまま、には気がつかない。

いや、そこにはいない。
水槽の外から叫んでいるかのような隔たり。
わかっていた。

神田にの声は届かない。
ただ見ているだけしかできない。

それでもは叫ぶ。
泣き叫ぶ。

―――いやだ、いかないで

つ、と神田の頭が沼に消えた。









++








「―――!!!」

は瞼を引き上げる。
汗で髪が顔に張り付いているのがわかった。
ぐると眼球を動かすと、神田がこちらに髪をたらして覗き込んでいる。
その表情に浮かぶのは焦燥。

「どうした?」
「・・・寝てた」
「っ!そうじゃねぇ!」

は神田の言葉をよそに、垂れた髪を弄ぶ。
それはさらさらとの指をすり抜けた。

つかめない。

ぐっと掴んで引っ張ると神田がうめいた。

「なっ!!」

神田は崩れたバランスをの体の両横に置いた腕で持ち直す。
自然とにのしかかるような体制になった。

「・・・?」

その髪を伝い、するりと首に両腕を回す。
抱きしめると神田のにおいがした。

「・・・いやな夢、見た」

耳元でポツリとつぶやくように言うと、神田の体が強張った。

「なんの夢だ?」
「・・・花の夢」
「・・・」

神田はを抱えたまま体を起こした。
は神田の首にしがみついたままで、離れようとはしない。
神田はあやすようにポンポンとの背中をたたきつつ、自身の体をベッドサイドの壁に預けた。

「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない」
「・・・俺は、ここにいる」

が見た夢の内容を、神田はたった一言の単語で理解した。

『花』

神田の部屋にある、あの蓮のことだ。

「怖くない」

が唐突に呟いた。

「怖くなんか、ないよ」

震える声が、それは嘘だと言っている。

「全然、大丈夫」
「さっき大丈夫じゃないって言っただろうが」
「だって!」

顔を上げたは唇をかんだ。
泣いているかと思ったが、涙一つ浮かんではいない。
汗で顔に張り付く髪が、彼女がうなされていたことを物語っていた。

「約束はできねぇ」

はっきりと神田はいった。

「これから先お前と老いることも、おまえと生き続けることも」
「・・・っ!わかってるよ!わかってる!!でも」
「ただ、俺は生きてる限りお前のそばにいる」

だから、と神田はの肩を抱き寄せた。
の耳が神田の胸に触れる。

―――ドクン、ドクン・・・

ゆるやかな鼓動が、耳を打つ。
それはまるで、鎮静剤のように、子守歌のように。

はゆっくりと眼を閉じた。
この不安を抱えていたとしても、自分は神田とともに歩む道を選ぶのだろうな、と思った。



[END]




Happy Birthday Kanda!!!
ということで神田さんお誕生日おめでとう!

シリアスで暗くなっちゃったけど、未来はわからないけど、今はただ信じています。


けい
09,06,06